年末CD企画

ハロー、ミスター勘違い
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夏の夕暮れ。
日射しが少ないからといって暑さが減る訳でもなく。コンクリートから立ち上る地熱と、生暖かい風とが相まって体を蒸す。
そんな非常に心地好くない環境で私とアイツは一緒に帰っていた。


「ったく、片付けお前と二人だけとかキツいんだよ。監督の意向だか何だか知らねーけど」

「文句言うな。私毎日やってるんだから。いいじゃん、担当じゃない日は早く帰れるんだし。かれこれ二年お世話になってるんでしょー」

「けどよー、担当の日がキツいじゃん。練習の後、ってのが拍車かけるよな」

「誰のお陰でベスト8まで残れたと思ってるの?」

「俺達だろ」

「監督の指導のお陰も、でしょ」


へーへー、とどうでもいいような返事をして、アイツは頭の後ろで手を組んだ。夕焼けに照らされて掛けているエナメルが光る。周りには誰もいなくて、急に二人きりだということを実感した。
お互いのローファーの音が違う間隔で響く。圧倒的に私の方が間隔が狭くて、ちょっとムカついた。


「ま、好きだけどな」


ぽつり、ではない。全く変わらないトーンでアイツはそう言った。好き、と言うワードにピクリと反応してしまうのはどうしてなんだろうか。


「……何言ってんの?」

「あ?別に監督に向かって言ったってわけじゃねぇじゃん。俺が超好きなヤツに向けてかもしんねぇし」


勘違いすんなよ、とアイツは付け足した。でも、何でだろう。胸の取っ掛かりを取ってはくれなかった。


「ふーん……。もしかして、超好きなヤツって、私のこと?」


ガラにもなく、いつになく本気で。言葉の重みとしては空白の時間を埋める為の冗談レベルだけど、私にとってはすごく大切なことだった。
アイツが前を歩いてて良かった。こんな、泣きそうなのに真面目な顔、絶対見せられない。
私からアイツの顔は見れないけど、それはアイツも同じだから。だったらまだ見れない方が良いと思った。

少しの間が開いて、アイツが鼻で笑うのが聞こえた。
ああ、何て言うんだろう。別に期待はしてなかったけど、諦めもしてなかったから。胸の鼓動がすごくうるさくなって、口から心臓が飛び出るというのは比喩表現なんかじゃなくて本当だったんだということを初めて知った。だって今、心臓どころか肺も肋骨も気管も全部巻き込んで飛び出そうとしているから、口を開けば、本当に。もうこれ以上何も言わせない、という感じだから。何も言えずに、息を飲むしか私には出来なかった。
ああ、どうかお願いです。hateと言わないで。今、この感情の名前をやっと理解したところなの。容易く壊そうとしないでいて。

そんな私の中の葛藤を知ってか知らずか、いや、多分後者だ、アイツは立ち止まってくるりと半身だけこちらに向けて、私を見た。ほら、私笑いなさい。見られたくなかったはずでしょう?でも、足と同じでアイツが止まると口も止まってしまって。うまく口角を上げられない。アイツが鼻で笑ってから今まで、経過時間は約5秒。体感時間は約5分。私は5分間もアイツの答えを待ち続けている。
耳鳴りの激しい時間の経過は終わって、今はアイツの答えを待っている。くるりとこちらを向いて、口を開くのを見た。光の反射の方が、音速よりも遥かに早い。耳鳴りがしない分、私は引き伸ばされた時間の中で、アイツの口の形から発せられる言葉を聞きたい一方、塞いでしまいたいという矛盾した衝動を抑えながら待っている。



「馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。俺がお前を好きなワケねぇだろ」



無情に非情に訪れたこの時。心の準備さえ与えないこの時。ああ、神様。私は今、泣きそうです。

















ただし、この話には一語、間違っているものがあります。



見つけられればハッピーエンド
見つけられなければバットエンド






ハロー、ミスター勘違い







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