*学園*
□風をつかまえて
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*
放課後近くに降り出した雨のせいで、今日の部活は、ロビー辺りを間借りしての筋トレくらいしかすることがない。
用事のある奴は早めに切り上げていい、と言うと、そそくさとほとんどのやつが帰って行った。実力はあるが、やる気にイマイチ欠けるやつらだ。
遅れてやって来た橘川先生が、一人、帰り支度を始めている俺を見つけた。
「あれ?もう練習終わり?」
ちゃんとジャージに着替えてるところがえらいっちゃえらい。
「雨だから…」
とか言う俺に、
「もう!せっかく筋トレメニュー考えて来たのに!」
と、プリントを手渡した。唇を尖らせて拗ねたような顔をするとどっちが年上かわからなくなる。
俺はカバンを漁り、いつものように帰り際に先生の靴箱に突っ込んでおこうと思った空の弁当箱を取り出した。
「あ、これ…。その……御馳走様」
橘川先生はニッコリ笑いながら俺の手から弁当箱を受け取った。
実は初めて「御馳走様」を言った。
「あ、新田君。まだ時間平気?よかったらマッサージしようか?」
「え、あ、ここで?」
ここで?じゃねえだろう、俺。なんでか動揺してしまう。
「ん?どこか別の場所で?」
なにドギマギしてるんだ、俺。
「あ、じゃあ、部室で…」
嫌なら断ればいいのに、荷物を持ち先に立って歩き出したりしてしまった。
*
狭く埃っぽい部室のベンチに座ると、「さあ、始めよっか!」という橘川先生の明るい声に、変な緊張をしていた自分が恥ずかしくなった。
「そこに寝てもらえればいいんだけど…寝る場所ないね。部室、汚いなあ。今度掃除しなきゃだねえ」
「あ、うん…。せかっくの雨だし、掃除させりゃよかったな…」
座ったままの俺の足元に先生がしゃがみ込んだ。
「今日は足首から先だけでいいかな?」
無言で頷く俺を見上げ、先生は「よおし!」なんて気合を入れる。
意外にも強い指の力で揉みほぐされ、最初は痛かったけど、だんだん心地よくなってくる。くすぐったいとも言う。
先生は黙々と俺の足を揉んでいる。先生の息が少し上がってきた。
雨の音以外聞こえない状況も気恥ずかしくなり、何かを話しかけようと言葉を探していたりする。だけど、上気してきた先生の頬を黙って見ていることくらいしか出来なかった。
「……そういえば……今度の大会で先に進められれば県大会だよね?」
「あ、…ああ」
先生から話しかけて来てくれて、助かった思いがした。息が詰まりそうだった。
「どう?行けそう?」
「ん…。微妙なところかな。全員のタイムレースでいくから、全員あと…そうだな…1.2秒上げていければ…」
「わかるわかる!その1.2秒が大変なんだよね」
「……だな」
後ほんの少しのやる気でどうにかなるんじゃないかとも思ってるんだけど。正直なところ。
「ほんと、俺も何かみんなの役に立てればいいんだけどね」
しゅんとした声だったので、慌てて何も考えず、
「愛想振りまいてくれりゃやる気出るんじゃね?」
とか言ったら、余計沈んだ表情になった。
なんでだよ?
「先生、学校のアイドルみたくなってんじゃん。うちの副顧問で鼻が高けえよ」
一応褒めてるつもりなんだが、ますます浮かない顔をする。
「……俺が優しくしてるのは新田君だけだよ」
俯いたままで言われて、心臓が跳ねた。
「え、な、なんで…、俺…」
橘川先生はにっこりと笑顔を作って顔を上げた。
「君が昔の恋人に似てるから」
ぼわっと一気に頭に血が上り、ついでにガツンと殴られた気がした。
「あはは。冗談だよ」
冗談に受け取れない俺の手は震えていた。
俺の足元に膝を突いている先生の頭にそっと手を伸ばした。
「そんな冗談言ってんと、この学校のやつらじゃすぐ誤解すんぞ…」
男も女も関係ないやつらばかりだ。
「アイドルみたいな方がいいんだろ?だったらみんなに言ってまわろうかな?」
ドクン、と心臓以外の場所が脈打ち始めてしまった。
俺は先生の髪の毛に指を差し入れ、指先で頭を掴むように力を込めた。
「俺にだけでいいよ…」
なんて…。
「なあ、俺にだけに…してくんない…?」
ますます俺は何を言ってるんだろうか…。
「……いいよ…」
こいつも何を言ってるんだろうか…。
薄暗い部室に二人きりで、雨の音ばかりがやけに大きく聞こえ出した。
熱く火照った俺の視線を、潤んだような先生の視線が受け止めた。
「な、なんてな…。じょ、冗談だよ…」
手の平に汗をかく。
「……そっか」
先生が床に膝をついたままで、俺の太股に頭を乗せた。
甘えるようなそんな仕草に……。
そんな先生を……可愛いと思った。
抱き締めてみたくなった。
だけど、その一歩は、すごく怖いと思った。
ただ、顔にかかる先生の髪を、そっと撫でてみたりした。
(つづく)
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