*BL Original novel・1*
□夏の夜
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早めの風呂を済ませ、新品の浴衣に袖を通した。
この浴衣は駐在所の下の家のおばあちゃんが縫ってくれたものだ。
千堂さんの分もある。
千堂さんは仕事に出てしまっている。
帰ってきたら着るかもしれないな…。
畳まれた浴衣を茶の間に用意して、まだ僅かに陽が残る夏の空を見上げた。
遠くに、祭囃子が聞こえてくる。
神社に向かう道すがら、「先生!」と走り過ぎる子供たちに声をかけられた。
笑顔で答えながら、履き慣れない草履で賑やかな場所を目指した。
境内に続く小さな参道には屋台が立ち並び、年に一度の夏祭りは大盛況だ。
やがて、境内の一角に設けられたテントに辿り着いた。
『本部』と張り紙がしてある。
「こんばんはー」
声をかけると、すっかり出来上がってしまっている地域のおじさんたちがビールや紙コップを片手に迎えてくれた。
「お!先生!ますますいい男だね!一杯やるか?」
差し出された缶ビールを断っていると、テントの奥から、制服姿の千堂さんが現れた。
「駐在さんも飲んで行きなよー」
赤い顔をしたおじさんたちに千堂さんがにこやかに笑う。
「一応仕事中ですし。我慢しますよ。…ここに居たら誘惑が多いので、和喜先生を案内ついでにそこらへん見回ってきます。何かあったら携帯鳴らして下さい」
「戻ってきても酒残ってないぞー」
「酔っぱらいが暴れ出したら電話するわー」
陽気な笑い声に見送られて、僕と千堂さんは祭りの本部に手を振った。
「和喜は貰えばよかったのに」
「千堂さんのお仕事が終わったら一緒に飲みますよ。ていうか、すきっぱらで。今飲んだら酔いがまわっちゃいます」
「そのときはおぶって帰るよ」
そんなことを言いながら、人の多い参道へと歩き出した。
「駐在さん!先生!これ持って行きな!」
「ほれ、これ食べな!」
次から次へと手渡される…綿菓子やイカ焼きや焼き鳥や…。
さすがにお巡りさんが焼き鳥の串片手に歩けないからって、千堂さんは僕の手に握られた串から、パクリと食べていく。僕もパクリと食べていく。
ふふ…って目が合って、二人して笑ってしまう。
なんて…温かくて、居心地のいい場所なのだろう。
並んで歩いていると、ふっ、と、千堂さん側の僕の手と、僕側の千堂さんの手が触れた。
さすがに普通のカップルとは違うから、手を繋いで歩くわけにはいかない。
なんて、女々しいことを考えてたら…ぎゅっと手が握られた。
指を交差し、手の平と手の平がぴったり重なる様に、ぎゅっと手が握られた。
すぐに手は離れたけれど、ずっと繋いでいるみたいに、手の平は熱くなった。
「駐在さん!やってきな!」
人が群がっている大きめの屋台から声がかかった。
射的だ。
「おい!プロが来たぞ!ささ、駐在さん、これ」
射的用のおもちゃの銃を受け取りながら、千堂さんは照れくさそうに笑った。
「射撃はあんまり得意じゃないよ…」
ことっ、と一度台の上に銃を置くと、被っていた警帽を脱ぎ、前髪を掻き上げた。
「和喜、何が欲しい?」
そう言いながら、僕の頭に警帽をポンっと乗せた。
得意じゃない…とか言いながら、やる気満々で片手で銃を構え、台の上に身を乗り出している千堂さんに思わず笑ってしまう。
「あ、じゃあ、…あのぬいぐるみで」
「よし!」