●捧げもの●
□相合傘
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放課後になって雨が降り出した。
天気予報なんてはなから信じていないし、妙に動物的直感だけは備わっている俺様は、カバンに押し込んでいた折りたたみ傘を取り出した。
昇降口から外に出て、グランドの方を見ると、サッカー部はこんな天気でも泥まみれになって練習してる。
帰宅部な俺様だけど、いつもすぐには帰らない。グランドの見える物陰に潜んで、練習をこっそり見学させてもらってたりするんだ。
だけど、この雨じゃ…。
ずぶ濡れになって金網越しにグランドを見つめていたら、もし見つかったときに不審がられるだろうし、かといって、準備のいいこの傘をさして立っていたら目立ち過ぎる。
帰るしかないかな…。
溜息混じりに傘を開きかけてると、背後から声がかけられた。
「佐助!今日はもう帰るのか?」
「え…」
振り返ると、グランドで練習をしているはずの真田の旦那が上履きから靴に履き替えてる。
「今日は、って…。お、俺様いつもこんなもんだよ…?」
遠くからグランドを眺めている理由…。
真田の旦那をこっそり見てた…なんて!
「そうか?いつも練習中に佐助が見ていてくれてたような気がしたのだが」
まさか…ばれてた…。
冷や汗たらり。
その理由なんて聞かれないように、話題を変えよう!
「真田の旦那は、今日は練習しないの?」
「ああ、今日は歯医者の予約が…」
渋い顔をするのに、プッと笑ってしまう。
「甘い物の食べ過ぎなんじゃないのー?」
とか言ってしまって、しまった!と焦る。
真田の旦那が甘い物好き、というのは、俺様が仕入れた極秘情報であって、何も旦那が学校でチョコレート齧ってた、とかそんなんじゃない。
だけど、そこんところに突っ込みは来なかった。ほっ。
「これでも少しは控えているのだ」
と、言いながら昇降口から空を見上げる。
旦那の手には傘は無い。
「入ってく?」なんて、言う勇気もない。
もじもじしてる俺様の横に、旦那がぴったりと寄り添った。
俺様を見上げて、ニッコリと笑う。
「え、な、何?!」
そんな間近で笑顔を見せられたら、頭がクラクラしてしまう!
「駅までいいか?」
バクン!バクン!と心臓が高鳴る。
「しょ、しょうがないな…」
何て言いながら冷静を装って、傘をさした。
傘を握る手が震える。
並んで歩く相合傘の中で、旦那の肩が触れる。
息が詰まりそうで、足がもつれそう。
足元の水溜りを避けることだけに、やたら集中してみたり。
旦那が濡れないようにと、出来るだけ傘が旦那を覆うように傾けると、
「佐助、肩が濡れるぞ」
と、傘を押し戻してきた。
そんな…、そんな…優しい旦那が…、俺様は…。
言えないけど、こんな不埒な想いは、伝えようとは思わないけど…。
「お!あんなところに甘味処がオープンだと!」
商店街に入ると、旦那が声を上げた。
「あんた…、歯医者行くんでしょうが」
なんて、どうしてもっと気のきいた台詞が言えないんでしょ…。
「むう…」
旦那が唇を尖らせる。
そんな表情が可愛くって、見惚れて…はっ!と我に返り慌てる。
「あ、ああ!じゃあ、今度一緒に行こうか?!」
とか、上擦った声で思わず言ってしまい、さらに焦る。
「そうだな!約束だぞ、佐助!」
旦那の笑顔が眩し過ぎて目を細めた。
このまま、もう…
傘を放り出して駈け出したい気分だ!!
でも、そんなことしたら、この幸せな時間が終わってしまう。