*BL Original novel・2*

□迷い月夜
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「ボイスん」時代劇パロです。


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雨宿りにでもやってきた、という風に、男は降り始めた雨に濡れた笠の露と、肩にかかった滴を払いながら言った。

「一番汚い部屋と、一番安い女を」

薄汚れた着物と泥だらけの草鞋。腰には立派な逸物を差してはいるが、無精髭と伸ばし放しの髪を一つに結わえただけのボサボサ頭など、田舎から流れてきた浪人風情にしか見えない。
格子越しに覗いていた宿女たちは顔をしかめた。貧乏な田舎者の相手ほど、つまならくて実入りのないものはない。

「ちょっとあんた」

どうでもいいお客にまで、湯の入った足洗いの桶をご丁寧に運ぼうとしている丁稚が、宿女に呼び止められた。

「そんなもの、あんな小汚い客にいりはしないよ。そんなことよりさ…」

楽しい遊びを見つけたと、女どものきゃっきゃとはしゃぐ声の中に、丁稚は連れ込まれた。
首元におしろいを塗られ、唇に紅をさされ、誰かのお古の着物を着せられた、泣きそうな顔の丁稚が、部屋から飛び出てきた。


  *


「酒と肴を…お持ちいたしました」

この古宿に似合わぬ物腰の言い様に、眉をひそめるが、男は、

「入れ」

と、ぶっきらぼうに告げた。
スッと襖が開く。
その先には、運んできたらしいお膳を脇に置き、うずくまるように丸くなり、床に頭を下げる女着物姿の丁稚がいた。
丁稚は震える声で顔を上げずに言った。

「あ、あいにく、女はすべて出払っておりまして…、さ、酒だけお持ちいたしました…」

「おめぇがいるじゃねぇか。酌をしろ」

線の細い肩骨や指先は、顔を見せずとも上玉を匂わす。
ごくり、と男の喉が動いた。

「いえ、わたしは…」

丁稚は膳だけ部屋に差し入れると、そそくさと襖に手をかけた。
チャリンと丁稚の前で音が鳴った。

「銭ならある」

丁稚は顔を上げて客を見た。
なるほど、薄汚れた浪人風情ではあるが、よく見れば眼光の鋭さなどは、腐っているわけでもなさそうだった。
丁稚は、銭を拾い、膳を客のすぐそばまで運んできた。客が杯を持ち上げると、うつむいたまま、徳利を持ち上げ、酒を注いだ。
客は杯の酒を一気に飲み干すと、ぐいと丁稚の腕を引いた。よろけるように男の胸の中に丁稚は引き寄せられた。
丁稚の着物の胸の襟元の合わせから、男が手を差し入れた。

「あっ!」
「ぬ?」

女だと思っていたはずの期待した膨らみが見あたらず、男は平らな胸の上に手を滑らせた。
丁稚は真っ赤な顔で慌ててその手から逃れた。
転げるように男から逃れた丁稚に、ギロリと男が一瞥を向けた。その強面に丁稚は身をすくめる。
だが、次の瞬間、男は大口を開けて、げらげらと笑いだした。

「うわはっはは!参った。一本とられたわ」

そう言って、手酌でぐいと酒をあおった。

「飲め」

杯を差し出され、丁稚は恐る恐るそれを受け取ると、注がれた酒を男のまねをして一気にあおった。

「おめぇ、名は?」

上機嫌そうな男の声と酒の温もりが手伝って、丁稚は答えた。

「真理、と呼ばれています」

「マリ?女みたいだな。いや、そこいらの女どもよりも綺麗な顔してらあ…」

顔をのぞき込まれ、真理は頬を赤らめた。

「で?今夜の俺の相手はおめぇがすんのか?」

男に言われ、真理は真っ赤な顔を振った。
「ぼ、僕は、男です…。これは…、その…」

「俺はどっちだってかまわねえが?」

安宿の丁稚にしては上品そうな顔立ちと品がいい言葉使いが男は気に入った。育ちが良さそうなところをみると、何か事情があるのだろう。
勧められるままにもういっぱい酒をあおった真理は、ほろ酔い気分で人懐っこい笑顔を男に向けた。化粧と女物の着物による色気は消え、あどけなさが残る顔になった。

「お客さんはどこからいらしたのですか?」

「あ?いや、俺はここいらの生まれだ」

「ああ。ではどちらかへ出かけられてお戻りになられたのですか?」

「それも違うなあ。俺ぁ、あっちへふらふら、こっちへふらふら…」

「へえ…」

真理の目が輝くのがおもしろくなり、男は口が軽くなる。自分の懐に手を差し入れ、財布をジャラリと鳴らした。

「用心棒なんぞでしこたま儲けるときもある」

「へえ!お強いのですね!」

「まあなあ」

上機嫌な男に対して、真理もつい、踏み込んだことを聞いてしまった。

「何か目的があって旅をしてらっしゃるのですか?」

男は無精髭を撫でながら、ニヤリと口の端を上げた。
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