*BL Original novel・2*
□さよなら
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「悠也、お前、芸能人だってマジ?」
バイトの休憩室で、矢倉が僕の肩に手を置いて、そんなことを言って来た。
「何言ってんの?あ、ありがとう」
矢倉が作って来てくれたジュースを受け取る。(ジュースだけは自由に飲んでいい、というファミレスのバイトだ)
「いや、さっき、女の子から聞いたんだ。お前、テレビ出てたって」
ごくりとジュースを飲んでから、わざとらしく顔をしかめてみせた。
本当は、ドキドキしてた。
「声だけね。アニメのアテレコしたんだ」
わざとらしくアテレコとか、業界っぽく使ってみたり、さ。
「へえ?何?アニメファンとかなの?」
ぶっ、とジュースを吹き出しそうになった。
「何でそうなるんだよ」
「え?よくそういうのわかんないけど」
まったくわかっていないこいつに説明するのは面倒そうだってわかってる。
けど、せっかくなら、少しは知って欲しかったから、つい。かな。
「声優やってんだよ。ナレーションとか、そういう感じで」
「アナウンサーみたいな?」
違うとは思うけど。曖昧に頷くと、
「おお!やっぱ芸能人じゃん!お前、可愛いしな」
なんて、顔を間近で覗きこまれて、ニッコリされた。
人の気も知らないこいつに、心臓が跳ね上がった音がばれないように、赤くなった顔は隠せないけど、ばれないように…ばれないように…。
わざとらしく時計に視線を送った。
「あ、休憩時間終わりだ」
慌ててジュースを飲み干してると、矢倉がまだじっと見てくる。
「なんだよ」
「いや…。声とかそんな注意して聞いたことなかったけど、んー…。口元だけは可愛いなと思って」
隠しようが無いくらいに顔が熱くなった。
「ば、ばかなこと言うな!全然褒め言葉になってねえよ!」
これから休憩の矢倉を残して、休憩室を飛び出した。
矢倉も含めて、一般人に『芸能人』呼ばわりするほどの仕事もしていない。
胸を張って『声優』だ、なんて、言うほどのレベルでもない。
でも、それなりの覚悟は決めてやっている。
チャンスさえあれば、やっていける自信もある。
チャンスが欲しい…。
深夜組と交代を済ませ、遅番組はぞろぞろとロッカー室に戻ってきた。
「なあ、悠也。今度の週末ドライブでも付き合えよ」
「やだね。誰が初心者マークの車に乗るかっての」
「えー!俺のせっかくの誕生日なのに」
「だから!女の子誘え、女の子を」
「誘えねえから、お前をだねえ」
とか言う矢倉に誘われたい女の子は山ほど居そうだ。体育会系のノリの、屈託のない顔で笑う。
「ま、いいや。でもマジ、バイトの後で少し付き合えよな。なにしろ、誕生日だから、さ。独りさびしく過ごさせるのは可哀想だろう?」
そんな笑い顔に、女の子のようにときめいてしまっている自分が情けない。みっともない。
知られたら…気持ち悪がられるに決まってる。
それでも…。
そんな誘いが嬉しくって、頭の中では、プレゼントどうしよう?なんて、女々しく考え始めてる。
バカだな…。
*
事務所で紹介されたのは、劇団などを主催している有名な役者だった。
たまたま居合わせただけだけど、これもチャンス、と近付いた。
「岩井悠也くんね。覚えておくよ」
と微笑まれ、舞い上がった。