*BL Original novel・2*
□面倒な恋人
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「おっと」
スタジオのブースの外の狭い廊下で、俺にぶつかりそうになっても悠也は真っ直ぐ歩いてきた。
そんな悠也を壁に張り付いて避けた。表向きのヤモリみたいに。
全然俺のことを見ようともしないまま、澄ました顔で通り過ぎて行く。
俺のことなんか見えてません、ってやつだ。
無視にも程がある。存在そのものが目の中に映りません、ってことか。
相変わらずだ…。
俺はとっさに口に紙コップを咥えてしまったから、溜息を鼻から漏らした。
「住吉君、お疲れ!どうしたの?そんなところで?」
壁と一体化している俺の前に、ニコニコしたマリさんが現れた。
今日は悠也とマリさんと怖いあの人も同じ現場だ。
マリさんと一緒なのは嬉しいけど、…ねえ…。
「岩井さんは?」
マリさんが聞いてくるから、紙コップを口から離し、ついでに溜息を吐いた。
「はぁ…。もう出て行ったみたいっすよ」
悠也が向かって行った出口を目で指す。もうそこには誰もいない。
「…また…」
喧嘩したの?って聞きたいんだろうから、
「…まあ…」
って、その通りです、と答えた。
「マリ!お前のせいだからな!あんなん録り直ししてんじゃねえよ!おかげで遅刻だ!ボケ!」
怒鳴りながら宮元さんがスタジオから飛び出し、そのまま出口に向かってどたばたと走って行った。悠也とは別の意味で俺のことは眼中にない。
「すいません!誰かさんがまさか僕の後ろで吹き出すとは思わなかったもので!」
マリさんも言い返す。さすが怖いもの知らずだ。
「いってらっしゃーい!」
マリさんは、まるで家からダーリンを仕事に送り出す奥様みたいに爽やかに手を振って宮元さんを送った。
「大変っすね、これからまた仕事っすか?」
「仕事増やしたみたいだからね」
確かに宮元さんのスケジュールはびっしりなのを見たことがある。その頑張ってる理由は、きっとマリさんのためなんだろう。また一緒に暮らしたいとか、そんなことをチョイ前の酒の席で聞いた覚えがある。結婚資金でも貯めるつもりでいるのか?!結婚できるのならだけど。
「さってと。挨拶して僕も帰ろっと」
くるりと背を向けたマリさんの背中が…なんか寂し気に見えたのは、願望が入りまくってるせいもあるのだけれど、それだけじゃないような気もしなくもなくって…。
「あ、あの!よかったらこの後少し付き合ってもらえないっすか?あの…時間が空いていれば…」
「何かあるの?」
「いや…、あ、その…」
俺ってば気の利いた誘い文句がこんな時は出てこない。
「いいよ。僕でよかったら付き合うけど。相談とかあるなら聞くよ」
悠也の事でも話があるのかと思ったのかもしれない。
だけど、マリさん確保に、こっそりガッツポーズを決めた。
「ほんと!助かるっす!俺もう…、ほら!こんなこと相談できる人ってあんまいないし」
別に相談したからって悠也の性格が変わるわけじゃないから、相談するつもりは無かったけど。
でも、マリさんの人の良さに付け込むのはアリだ。
同じように、大っぴらに出来ない恋人を持つ者同士。
密かな秘密を共有しているような気に、マリさんがなってくれればうれしい。
マリさんと連れだってスタジオを出るときには、なんだかこれからデートにでも出掛けるように、心がうきうきはしゃいでいた。
「どこ行きます?あ!よかったらボーリングとかしません?あー、それともカラオケとか…」
「話があるんじゃないの?」
「あるっす!あるっす!飯でも食いながら聞いてもらいたいなって!だったら、まず、腹減らさないと美味く食えないし…」
『何言ってんの?バッカじゃないの?』
なんて、マリさんは言わない。
クスクス笑って、
「面白いね、住吉君は」
って、俺が歩く方に、素直に付いてくる。
これで手でも握っていれば恋人同士なのに…。
……手か…。
こないだ、歩きながらちょこっと手が触れただけだってーのに、
『何考えてんだよ!バカ!ひ、人目とか気にしないって、おかしいんじゃないの?!変態!』
とか、誰かさん、真っ赤になってたっけ…。
「マリさんはみやもっさんと、普段どんなとこでデートするんすか?」
マリさんの頬が、パッと赤く染まった。
同じ照れ方でも、こんな可愛い照れ方もあるっていうのになあ。
「し、しないよ!デートなんて。あの人は基本、出無精だからね。家から出るの好きじゃないんだよ」
マリさんが少し唇を尖らせてるってことは、不満有りなんだね。わかりやすい。
「ヤキモチやきっすからねえ。マリさんを誰にも見せたくないとか?」
「そんなことないよ!仕事以外では、ほんっと腰が重いんだから…。仕事がない日は一日中寝てるし、朝からビール飲んじゃうし…いい歳なんだから運動不足が…」
ああ、宮元さんの話題なんか出すんじゃなかったなって、後悔した。今、マリさんの頭の中は宮元さんでいっぱいだ。
それに比べて、俺なんか恋人から超シカトっすよ…。
「うらやましいっすよ、みやもっさんが。俺もそんな風に愛されたいなあ!」
「ええ?!今のでどこを聞いたらそんな風に思うの?!もう!」
マリさんがわざとらしく怒っちゃってる表情を作る。
幸せで照れてるんすね。
そんな心と裏腹な言葉と表情を見せたマリさんを見ていたら、
「あ…」
ふいにひらめいた。
というか、開眼した。
というか、理解した。