*BL Original novel・2*

□モーニングカフェオレ
1ページ/2ページ


胸の上に乗っていた重い腕をどけ、そっとベッドから降りた。
ベッドの下に散乱していたシャツや下着や……ティッシュに、昨晩の名残を見せつけられて小さく溜息を漏らした。
ゴミはゴミ箱に、下着は拾い上げ…、クークー寝ているこいつのシャツは爪先で蹴って部屋の隅に追いやった。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、ベッドの上の敬太はまだグースカ寝ている。
弱いくせに僕に付き合って酒なんか飲むからだ。
しかも、こいつは…酒で理性を飛ばしてしまうと羽目を外し過ぎる。
少し枯れてしまった喉を押さえ、だるさの残る腰を気にした。…ったく。
すでにベッドから居なくなった僕を探すように敬太がもぞもぞと腕を動かした。僕の代わりに、枕をぎゅっと抱き締め、満足気に口元に笑いを浮かべた敬太に、こちらが笑ってしまった。
部屋の隅に落ちていた敬太のシャツを素肌に羽織り、キッチンへと向かう。勝手知ったる他人の家。冷蔵庫を開け、中を覗き込んだ。



部屋に戻り、まだ寝ている敬太には声をかけずにリビング(兼ベッドルーム)のテレビをつけた。
ベッドに寄りかかって床に座った。ベッドの上では、敬太が物音に気が付いて、小さな呻きを上げた。

「う…ん…」

振り向き、まだ目を開けない敬太の寝顔を覗った。
長い睫毛と鼻筋の通った綺麗で男らしい顔。だけど寝顔は…結構子供っぽい。
年下…といっても、ほんの2、3歳だけど、こんな顔を見ると、年下なんだなあって改めて思ってしまう。

「ん…。あ…。何…?いい匂い…」

敬太が寝惚けた顔でゆっくりと目を開けた。
僕は敬太の顔なんか見つめていたのがばれないように慌てて立ち上がった。

「あ、コーヒー沸いたかな?いつまで寝てるんだよ!もう!今日仕事入ってんだろ?!」

キッチンに向かうと、後ろで敬太がもっそりと起き上がってる。
敬太には牛乳と砂糖をたっぷり入れたカフェオレを、僕にはブラックコーヒーを運んでくる。
マグカップをテーブルに二つ並べると、

「え?何?俺の分?!」

敬太は目をぱちくりさせた。
他に誰がいるっていうんだ?
敬太は掛け布団を払い除けながら、裸なのを気にしないでそのまま大きく伸びをする。

「んー!目が覚めた。優しいじゃん、悠也」

コーヒーを淹れてやったくらいで嬉しそうにニコニコしている敬太を見て…。
これくらいで喜んでもらえるなんて、普段どんだけ冷たい奴だと思ってんだ、と。まあ…確かにそうだなと…。(朝食まで支度しなくてよかった。冷蔵庫が空っぽでよかった…)
なんてしおらしくなんかしてやらないけど。

「シャワーを浴びてくるか服を着るかしろよ!」

「俺の…シャツ……悠也に着られちゃってんじゃん」

自分の意識しない行動にかあっと恥ずかしくなった。

「か、返す…」

「いいよ、着てな。あ、悪ぃ、パンツだけ取って」

ベッドの下に隠れていた敬太の下着を見つけ、投げつけてやった。
敬太がもぞもぞと穿いているうちに、カップの位置を取り替えた。
僕は甘いカフェオレを顔をしかめながら口にする。
ベッドの縁に腰かけた敬太もカップに手を伸ばしたが、並々と注がれたブラックコーヒーに一瞬たじろぐ。手を止めて僕の顔を覗う。

「砂糖と牛乳ならたっぷりと入れてやったよ!どこのお子様の飲み物だよ、これ…」

「え…?入ってな…。って、そっちが俺のじゃ…?」

僕の小さな意地悪に、敬太はふぅっと肩をすくめる。
恐る恐るという風にブラックを口に運び…、ごくりと一口飲んで、べえっと舌を出した。

「苦…」

「何だよ!人がせっかくいれてやったのに!」

ぷいっと顔を背け、謝ってくるかな?と待っていたら、ぷっと吹き出す声が聞こえた。

「あははっ!…ったく!」

ぐいっと腕を掴まれ、カップの中身をこぼしそうになり慌てた。

「何だよっ!」

敬太は僕の手からマグカップを奪いテーブルの上に置いた。

「…いれてくれたんでしょ?俺のコーヒー」

ぎくっとして身を引こうとしたけどがっしりと掴まれて引き寄せられた。

「俺に飲んでもらいたかったんでしょ?」

「の…飲めばいいだろ?!」

テーブルの上のカフェオレに視線を送るけど、後頭部に回された敬太の手が正面を向かせる。

「わかった。こうやって飲ませたかったんだ…?」

息がかかるほどの距離でそう言って、敬太は僕の唇に唇を重ねた。
敬太の舌はコーヒーの味で苦くって…、僕の舌は…。

「甘い」

唇を離して、敬太はそう言ってペロリと自分の唇を舐めた。
余計な意地悪はするもんじゃない…。
敬太はカフェオレのカップを手に取り、ご機嫌な顔で口を付けた。

「うま…。あ、俺、今日昼からだから。悠也は?」

「一緒…」

「そっか。なら時間あるね」

「何の…?って!うわっ!」

敬太がいきなり飛びかかってきた。
身体を床に押し倒され、その上に敬太が圧し掛かってくる。

「悠也が朝から可愛いからさ…」

肌蹴たシャツの隙間から敬太が手を這わせてくる。
可愛いと思われるようなことなんて、何一つした覚えは無い!

「さ…散々、昨日の夜…しただろ…」

たぶん真っ赤になってしまった顔を、敬太から目を逸らしても隠せないのはわかっているけど…。

「それって、もっとしたい…って言いたいんだろ?」

そんなこと言ってない!
だけど敬太が甘えてくるように体中にキスを振らせてくるから、もう抵抗が出来なくなりそう…。

「悠也…悠也…。ほんっと素直で可愛い奴…」

いつ僕が素直になった?!
って、別に普段ひねくれているわけでもない!
敬太の頭の方がこんがらがってる!

「…やめ…ろよ…」

こんな朝からやったりなんかしたら、はっきり言って身体が持たない!
微かな抵抗に敬太がニーッと口の端を上げた。

「やめないで欲しいって?」

カーッ!と顔面…いや、頭に血が上った。
どう言えば通じるんだ?!

「敬太…」

そっと敬太の首に腕を回してしがみ付いた。耳元で、

「もう仕事なんてどうでもいい…。ずっとこうしていたい…」

芝居じみた声で言ってみた。
僕の言葉を逆に取るなら、これならどうだ!って火の出る思いで言ってやった。
敬太が動きを止めた。
横目で見ると、敬太の耳が真っ赤になっている。
そして、ぐっ、と息が詰まるくらいに強く抱き締められた。

「……そこで素直になるの、反則…。やべ。もう止めらんないよ?」

敬太の興奮が布越しに足に当たる。
僕のも、手を這わせられる前から興奮していたのがばれて、余計に恥ずかしい。
これじゃあ…、ほんとに誘ってるって思われても仕方がない。

「何だよ…。嘘言っても本当のこと言っても自分勝手にいいように取ってるだけじゃないか…」

「あのねー、悠也?」

敬太がずいっと顔を近付けてきた。

「お前の台詞、俺ほど理解できる奴って居ないと思うよ?」

さすがに…、ぐぐっと言葉に詰まった。
敬太は優しく目を細めるから…、少し素直に敬太の胸に顔を寄せた。目を閉じると、包まれるように腕を回され抱き締められた。

「も少し…、寝る時間あるよね?」

「あるよ。寝んの?」

こくっと頷くと、身体をふわりと抱き抱えられて、ベッドの上にそっと降ろされた。

「おやすみ」

なんて、朝なのに言う敬太に、

「眠くなんかないよ」

と、そっぽを向いて言ってやれば、

「え、あ!ごめ!素直過ぎて真に受けた。まだまだだね、俺も。あははっ!」

敬太は明るく笑う。

「俺もコーヒー飲んだから眠くないや」

「子供かよ?!」

「大人だよ?試す?」

「バ、バカ!もうしないって言ってるだろ?!」

「さあて…。それはどっちの意味っすか?」

二人で朝っぱらからベッドの中で突っつき合って、くすぐり合って、キスをして…。
何でもないのにクスクス笑い合って…。

ごつんと額をぶつけてから、敬太が急に真剣な顔で言ってきた。

「まじで俺さ、悠也にどんどんはまっていってる。わかる?」

最初からマックスじゃなかったことくらいわかってる。そんなことに一々腹なんか立てない。
だから、近くに居て、触れ合って、好きになってもらいたいけど不器用で…。
でも、そんな僕を敬太はひょいっと引っ張り上げてくれる。

「ねえ、悠也?だから俺のこと、もっと好きになってよ」

「これ以上どうやって…っ!」

考えなしに口から出た言葉に慌てて口を手の平で押さえた。
敬太が目を見開いて、ニヤけてるのか照れてるのか、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「最高、悠也」

その後は…。
敬太の得意のキスで溶かされてしまい、重ね合わせる肌の気持ち良さに流された…。


   *

遅刻寸前まで寝てしまい、ドタバタと大慌てで支度をする羽目になった。
同じように慌てて着替えている敬太が、ぽいっと僕に何かを投げてよこした。
受け取った手の平の中には、クロスが付いたシルバーのネックレス。見覚えがあるのは、敬太がよく首から下げてるのを見てたからだ。

「それ、俺のいっちゃんのお気に入り。なんつーか…。アクセ贈んのってさ…、独占欲見せてるみたいであんま好きじゃなかったんだけどさ。つけて」

躊躇っていると、

「悠也は俺のものって証拠だから」

格好つけてウインクなんかしてきた。

「こ、こんなん!ジャラジャラとうるさいだけだろ!」

僕はクロスを握り締めながら洗面所へと駆け込んだ。
鏡の前で首から下げてみる。
ついでに、鏡に向かって、ニーッと笑顔の練習をしてみた。

「悠也!マジで時間やばい!行くよ!」

敬太に呼ばれ、鏡の中の自分に一度頷いてから飛び出した。

まだ笑顔の練習は足りないから、上手く笑い返してやれないけれど…。
駅まで、手を繋ぎながら走る途中で、

「…ありがと」

くらいは、どうにか言えた。





(おしまい)
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ