*BL Original novel・2*
□存在の理由
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(1)
宮元さんの交友関係と僕のそれはあまり被っていない。
同じ仕事、同じ事務所に所属しているけれど、年季も年齢も違う。
一緒に飲みに行くような時は、仕事関連の集まりだったりする。
だから今夜みたいに、親しい人たちと飲んできた宮元さんは、すっごいご機嫌なんだ。気を使わないでいいからなんだろうな。(普段アレで気を使っているつもりなら、の話だけど)
そんなんで、上機嫌でマンションに帰ってきた宮元さんは、いつもより饒舌だ。
「高岡のヤローがまた子供出来たとか言ってやがった。他にすんことねぇのかよ」
とか、楽しかっただろう話題を僕に話してくれる。
「そうですか…。ふぁああ…」
夜中に帰ってきた宮元さんを出迎えて、眠気と戦いながら適当に相槌を打っていたけれど、そろそろ限界だ。
「じゃあ寝ます…」
寝室に向かおうとした僕の腕を宮元さんが掴んだ。
腕を引かれ、身体をソファーへと戻された。
宮元さんが自分のシャツを脱ぎ捨て、ギクリとしている僕の身体を押し倒すように圧し掛かってきた。
「ダ…ダメですよ…。明日も朝早いし…」
厚い胸板を押し戻そうと腕を突っ張るけれどびくともしない。
僕のパジャマの裾を強引に巻くし上げてくる。
「宮元さんも明日早いんでしょ」
その手を押し止めようとすると、
「あ?さっさと済ませろって言いてえのか?」
酔いが回った目が据わってる。
自分のズボンのベルトを外しかかった宮元さんに、小さく溜息を吐いた。
「…んな嫌々な顔されてちゃ、勃ってんもんも萎えんだろうが」
じゃあ、しなきゃいいじゃないか!と内心思ってしまったことも、宮元さんは読み取ってしまいそうだ。
「おい、足くれぇ自分で開けんだろ?」
投げやりに言われ、カチンと来た。
「何なんですか!?何でそこまでしてしなきゃなんないんですか?!」
僕の抵抗に宮元さんは眉をひそめる。
「俺がしてぇつってんだろうが」
「僕はしたくないって言ったら?!」
ようやく宮元さんが僕から身体を離した。
据わった目のまま僕を睨みつけた。
「じゃあ、お前は俺にとって何なんだ?」
低く抑えた声は凄味を帯びている。
「僕は…」
どう返していいかわからず戸惑っていると、宮元さんは続ける。
「やらせもしねえくせに、何で俺のそばに居る?したくねぇんならどっか行ってろ!」
瞬間、頭が真っ白になった。
何で…そばに居る…と聞かれても、理由も返事も見つけられない。
ばふっとソファーにうつ伏せに倒れ込んだ宮元さんの身体を揺すって、「じゃあ、しましょう」などと言えるはずもない。
宮元さんは、ごろりと寝返りをうち、僕に背を向けた。
僕はそんな背中から目をそらし、そっと部屋から出た。
廊下から閉じたドアに寄りかかった。そのままずるずるとしゃがみ込んでしまう。
宮元さんにとっての僕、か…。
……考えてみれば、まったくの役立たずだ。
宮元さんは僕に、色々なものを与えてくれる。役者として、先輩として、その知識と才能を僕に与えてくれる。
生活も世話になっていることとか、そのコネを利用している(つもりはないが)とか、そんなことも含めたらキリがない。
だけど僕は…。
身体が目当てだったのね!(自分で心の中で言ってクスッと笑ってしまった)と言える身体も持ち合わせてやいないけど、それすら出来ない僕は、宮元さんにとって用無しか。
身体を繋ぐ行為が、僕が宮元さんから与えられるものの見返りなのだと思われていたのなら……。
そんな情けないことは無い…。
鼻の奥がツンとしてきた。
ふいに、手にしていた携帯が震えた。メールの着信に、そのまま相手に電話を返した。
『あれ?マリさん?どうしたんすか?!』
「ごめん、こんな時間に…」
『いや、メールしたの俺っすから。あ、ほら、今、マリさん出てるアニメやってたから。可愛かったっすよ!マリさんも見てたんすか?』
そっか。宮元さんを待ってる間に見ようと思ってたけど忘れてた。
明るく楽しげな住吉君の声に少し救われる。
『んー?マリさん?どした…って!マリさん?!ちょっ!マジなんかあったんすか?!泣いて…?』
携帯を握り締めながら、言葉が続けられなくなった。
堪え切れない嗚咽が漏れてしまう。
『マリさん?!…今どこっすか?って、みやもっさんとこっすよね?……迎えに行きます。待ってて下さい』
「…ん…」
電話が切れた。
僕はふらふらと立ち上がり、そのまま玄関へと向かった。
僕が寄りかかっていたリビングのドアがカチャリと開いた。
相変わらず不機嫌そうな顔をした宮元さんがこちらを向く。
僕は靴を履き終え、ペコリと頭を下げた。
「…お世話になりました。さようなら」
顔を上げると、宮元さんが驚いた顔をして何か言いたげに口を開いた。
僕は言葉を待たずに背を向けた。