*BL Original novel・2*

□存在の理由
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   *

翌朝、

「まあ、俺が言うのもなんですけど、頑張って仲直りしてきて下さいよ。俺の命かかってるし」

なんて、住吉君は、笑いながら僕を送り出してくれた。


約束の時間に事務所に着くと、

「悪い!今コピーしてるから。その辺で待ってて!」

とマネージャーさんに言われ、壁際の長椅子に腰を降ろした。
しばらくして事務所のドアが開くと、僕が入ってきたときと同じようにマネージャーさんが声を張り上げた。

「すいません!もう少しかかるんで、ちょっと待っていて貰えますか?」

いかにも寝不足な不機嫌全開で入ってきた宮元さんに、遠くから顔を覗かせたマネージャーさんが、怖がって慌てて頭を引っ込めた。
どかり、と宮元さんが僕の隣に無言で座ってきた。
条件反射で口から出そうになった挨拶は引っ込めさせた。

「……住吉のやろーと何もなかっただろうな?」

いきなりぼそりとそんなことを言われてカチンと来た。

「みんな、あなたみたいな無節操だと思わないで下さい!」

「…はっ?!あんなハイエナんとこに自分からホイホイと出掛けて行ってよ?!」

吐き捨てるように言われて、ブチッと切れた。

「何言ってるんですか!?だいたい!普通は僕をそういう目で見ないんです!あなたがおかしいんですよ!!ケダモノっていうならあなたの方でしょうが!」

「あああん!?てめぇっ!人のこと変態みたいに言ってんじゃねえよ!自分は違うとでも言いてぇのかよ!」

「違いますよ、僕は!あなたとは違う!!」

いつの間にか二人とも立ち上がり、向かい合って睨み合った。身長差すら感じないくらいに僕も精一杯腹に力を入れる。

「おっと!やらせもしないくせにそばに寄っちゃあいけないんでしたね!」

顔を背け、身体の向きを変えようとした僕の腕を宮元さんが掴んだ。

「待てよ!いつ誰がんなこと言ったよ!?」

「放してください!目の前のあなたが言ったんですよ!」

「ボケてんじゃねえよ!」

「ボケてんのはあなたでしょうが!!」

怒鳴り合う僕たちの横で、「あー…、ごほん…」なんて、わざとらしい咳ばらいが聞こえた。

「あのー…。営業の電話に差支えるんで…、痴話喧嘩はもう少し静かにお願いできないでしょうかねえ?」

神崎マネージャーが書類の束を手に、渋い顔で立っていた。

「あー?!聞いてんじゃねえよ!」

宮元さんはお構いなしに神崎さんにも怒鳴りつける。

「…声がでかいんですよ、あんた達…。いや、いいよ。事務所の中でいちゃつくんなら、まだね…。頼むから外でやってくれるなよ」

僕は宮元さんの腕を振りほどき、口を閉ざして椅子にもう一度腰かけた。

「…すいません…」

頭に血が上って騒いでしまった羞恥に頭を抱えた。気にしない宮元さんはまだ足を踏み鳴らしている。

「これ、今日の資料。…俺、付いていけないけど、大丈夫か?」

神崎さんがコピーを束ねた束を渡してくれる。

「…はあ、まあ、なんとか」

「ガキじゃあるまいし」

どっかで誰かから聞いた言葉だ。

「……まだ時間あるよな。奥借りるぞ」

宮元さんが事務所の奥にある応接室へ、僕を顎で促した。

「少し、スッキリさせてから行く」

ぎくっと身を引いた僕に、宮元さんはポリポリと頭を掻いた。

「……話しすんだけだ」

先に立って歩く宮元さんのでっかい背中が少しうな垂れて見えて、僕は溜息一つしてからその後に続いた。


壁の衝立だけで囲まれた応接室で、宮元さんは長い足を投げ出してソファーに座った。僕は壁際に立ったまま宮元さんから視線を外す。

「で?」

何が「で?」っだ。それじゃあ僕がこれから何か我儘を言うみたいじゃないか。

「……したくねえんなら消えろ、って言ったのはあなたじゃないですか?だから僕は消えましたけど?」

「……言ってねえよ」

「言いました!」

また大声を出しそうになって、はっとして口を押さえた。
宮元さんは自分の言動を思い出すように宙を睨む。

「あー…、あれだ…」

宮元さんは手元の書類の束に視線を落とす。読んでもいないのにパラパラと紙を捲る。

「俺の自制心に問題がある」

よっくわかってるみたいですね!

「だから本気で拒む時は隠れてろよ。顔を見せんじゃねえ」

「はあ?!」

「…仕方ねえだろ。我慢できねえんだからよ」

勝手過ぎる言い分だ…。

「そんな、やりたいやりたいやりたいってそんなことばっかり考えてるんですか?」

「…お前がそばに居るんだから仕方がねえ」

「全部僕のせいみたいじゃないですか?」

宮元さんが書類の束をソファーに置いた。ゆっくりと立ち上がる。
僕に一歩近付く。
後ずさそうにも後ろは壁だ。
僕の顔の横に、宮元さんがドンッと手を付いた。逃げられない。

「……仕方がねえだろ?惚れてんだからよ…」

逃げ場のない僕に、宮元さんがゆっくりと顔を寄せてくる。

「お前は俺の…もの、だろう?」

顔に熱い息が掛かる。

「か…身体がですか…?」

「バーカ。…お前に…甘えたいんだよ、俺は…」

顎に添えられた指先で上を向かされ、そっと唇が重なった。腰を抱き寄せられると同時に、口付けは、深く、呼吸を奪って頭を痺れさせた。



応接室から出ると、事務所中の人たちが突然動きだしたようにあたふたした。
みんな僕たちを窺って…と思うと顔から火の出る思いだ。

「行くぞ、マリ」

宮元さんは何事も無かったかのようにツカツカと出口へ向かった。

「おはようございま…」

ちょうど開いたドアから岩井さんが鉢合わせになった。宮元さんの脇をすり抜けようとした岩井さんに、

「おい」

と宮元さんが声をかけた。

「今度飲みにでも行くか?」

怪訝そうな顔をした岩井さんの返事も待たずに、宮元さんはなんだかご機嫌な調子で先に出て行った。

「…何、あれ?」

僕に聞いてきた岩井さんに肩をすくめて見せた。
たぶん住吉君へのお詫びのつもりなんだろう。本人に言えばいいのに。

「今度連絡します」

「……いいよ、しなくて」

相変わらずな岩井さんに頭を下げ、とりあえず僕は宮元さんを追いかけた。





僕が宮元さんに依存しているのと同じように、宮元さんも僕に依存しているのなら…。

少し、行為の意味もわかる気がする。

どちらが甘えたがりか、ってことだね。





(おしまい)
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