*BL Original novel・2*
□にーちゃんは迷子
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花と修羅様「兄貴シリーズ」より。
* * *
『にーちゃんは迷子』
兄の夏樹に連れられて訪れたデパートで、おれは、柱の陰に身を潜めている。
出来ることなら、このまま逃げて帰りたい…。
*
幼い頃にはよくこの駅前のデパートに連れて来てもらっていた。
屋上の100円を入れて動かすゴーカートでそれこそ気の済むまで遊び、最上階のレストランでお子様ランチを食べる。デザートには別注文の特大パフェ付きだ。
そして、その下の階では欲しかったおもちゃを買ってもらう。
帰り道は兄貴の背中に背負われて眠ってしまうという、お決まりのパターン。
本当に大好きな場所だったのだけれど、兄貴に「何か好きな物を買ってあげるから付き合ってくれないか?」と、この歳になって言われてもピンとこなくなっていた。欲しいゲームは近所の中古も扱っている店の方が安いし、ブランド物には興味がない。
「デパ地下で何か買ってくるよ」
兄貴にそう言われ、目をキラキラさせてしまった母親には逆らえず、こうして付いてきてしまった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
と兄貴に告げると、
「ああ、じゃあ、この上の階に居るから」
と言われ、………。
戻ってきて、兄貴を捜してみれば、そこは、ベビー服売場だった。
真剣に赤ちゃんの服やおもちゃ何かを、わざわざ手にとって吟味している。
売場のお姉さん方は、誰が声をかけるか、ちょっとした揉め事になっている。見た目だけは素晴らしくイケメンな兄なのだ。
「すいません」
兄貴がよそ行きの笑顔と声色で軽く手を上げた。きゃっ、という声が上がり、戦いに勝ったらしい店員さんが兄貴に近付いた。
「はい。何かお探しでしょうか?」
おれは柱の陰に隠れたせいで、あまり声が聞こえなくなってしまった。
誰か友達への贈り物なのかな?
……兄ちゃんにだって、もう、子供が居てもおかしくない歳だしな…。
まさか!兄ちゃんに?!
………。
それはない…。
そおっと足音を忍ばせて、店の方に近付いてみた。こちらを振り向いた店員と兄貴に、慌ててまた別の柱の陰に隠れた。
近付いた分、会話が聞こえる。
「男の子なんですよ。それはそれは可愛い…」
その声を聞いた瞬間、いやな予感で冷や汗が流れた。
「贈り物でいらっしゃいますか?」
「いえ。自宅用で」
ちょっと残念そうに肩を落とした店員さんには同情しない。
俺は、逃げ出したくなった……。
「試着ができたらいいのですがね」
兄貴の言った言葉が、気の利いた冗談に思えたらしい店員さんは楽しげに笑った。
「今度、是非、お連れくださいませ」
「そうですね。本人の好みを聞かないといけませんからね」
ますます楽しげに笑う店員が、兄貴にちょこっと触れたのに、ちょっとむっとした。
兄貴は放っておいて、勝手に帰ろうとした肩を叩かれた。
「冬馬、迷子にでもなったかと思ったよ」
「あ…、ごめ…」
店員さんが会計を済ませたカードと包みを持って現れた。
「さあ、行こうか?」
名残惜しげな店員さんには目もくれず、兄貴はおれの手を握って歩き出した。
「ちょっ!離せよ!」
「ダメだよ。迷子にでもなったら大変だから」
呆れて兄貴を見上げると、もうすでに想い出の世界へトリップしていた。
「ああ、一度迷子になったことがあったっけ…。迎えに行ったら、それはもう、泣いて泣いて…にいちゃ、にいちゃとそれはもう可愛く必死になっておれにしがみ付いてきて…。冬馬、もう一回迷子になってみない?」
「なるか!」
その代わりに逃げ出そうとしたが、手がガッシリと握られていた。
「ふふ。さて、上に行って何か食べようか?」
「……お子様ランチは食べないからな…」
この手を放してもらう方法はどこかの店に入るしかないと、急ぎ足でエスカレーターへ向かった。
「そんなにお腹がすいてたのか?」
俺に引き摺られるようにしながら、兄貴は勘違いで目を細めた。
*
老舗料亭の支店を兄貴は勧めて来たけれど、普通のイタリアンを選んだ。ただ落ち着かない店は嫌なだけなのに「遠慮しなくてもいいんだよ」なんて、もう…。
そんなことより、パスタを食べながら気になっていたことを聞いてみた。
「今日は何しに来たんだ?」
「ん?ああ、もう済んだよ。だからこの後は屋上でたっぷり遊べるよ」
「あ、遊ばないし!って、え?済んだって…。さっきの買い物が目的だったのかよ?!」
「ん?ああ、冬馬の服はいつもあそこのお店で買っていたからね」
「っ!な、な…。お、おれの?!」
まさか、さっき買ったベビー服はおれの為じゃないだろうな…。
そこまで兄貴はおかしくなっちゃいないだろうと思っていたのに…。
兄貴はクスクスと笑う。
「あれ?にーちゃんの前でよだれかけでも付けてくれるのかな?」
「だ、だ、誰が付けるか!!」
出してしまった大声にはっとなり慌てて口を押さえた。チラリと見てきた店員や小うるさそうなおばちゃんには、兄貴は営業スマイルを向けた。
「にーちゃんはたまにはこうやって冬馬とお出かけがしたかっただけだよ。さっきのベビー服は頼まれただけだよ」
「…だって、自宅用って…」
「ああ、いつもの癖でつい。困ったな、贈り物なのに」
全然悪びれる様子も無く、兄貴は肩をすくめた。
「あとでもう一度あのお店に一緒に行ってくれるかい?」
そういうことなら仕方がないと頷こうとしたけれど、
「好きなものを自分で選ばせてあげるからね」
「え…」
もう…、兄貴の冗談はどこまでが本気がまったくわからない。
いや、存在全部が冗談でもいいという気がする…。
嫌みのつもりで、
「にーちゃんに子供でも出来たらそっちに夢中になってくれるんだろうなあ」
って言ってやった。
「ああ、その手があったか」
意外な返事に驚いた。否定してくると思ったのに…。
「母さんと父さんに頑張ってもらって、子供が出来たら、おれと冬馬の子として育てようか?」
それ!弟(もしくは妹)ですから!!
「……いらないし…」
「にーちゃんは冬馬だけ居ればいいよ」
よしよし、というように頭を撫でてきた。なんで俺が慰められてるんだ?!
「冬馬はにーちゃんを一人占めしたいんだね」
もう何を言ってもダメかもしれない…。
「さっさと用事済まして帰るぞ!」
残っていたパスタをぐるぐる巻いて頬張った。
*
なぜだかベビー服売り場にはもう一度寄らずに、地下のスウィーツだけ買って帰って来てしまったが…。
デパートの包み紙が家のゴミ箱に捨てられていたのを見つけてしまったが…。
そして兄貴はやたらとご機嫌なのだけれど……。
(おしまい)
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