*BL Original novel・4*
□「好き」のレッスン
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あれは僕が、もうすぐ小学生になる頃のこと…。
僕は生まれた時からやたらと大きなお屋敷に住んでいた。
忙しいお父さんとお母さんは家にはいなくて、おじいちゃんと家政婦さんと暮らしていた。
たまに姿を見せる叔父さんは、いつでもとっても優しくて、大好きだったから…。
僕は、夜中の人の話し声に目を覚ました。
広い座敷にポツンと敷かれた布団の中で、抱っこして眠っていたクマさんをギュッと抱き締めた。
もう一度目を閉じて眠ってしまおうとしたけれど、トイレに行きたくなってそっと布団から抜け出した。
いつもなら、夜はこの大きな家の中は、シン…と、恐ろしいほどに静まり返っているんだ。けれど、今夜はどこかからか誰かの声が聞こえる。
覗くつもりじゃなかったけれど、トイレに行く途中の長い外廊下に面した部屋から明かりが漏れていた。声もその中から聞こえる。
僕は障子越しにその声に聞き耳を立てた。
だって、その声の主は、僕の大好きな叔父さんの声だったから…。
「だから、この家から出て行くって言ってるだろう!?」
叔父さんと話しているのは…、おじいちゃんだ。
「ふざけるな!大学を辞めて演劇で食っていくなど、出来るはずもない!そんな世間体の悪いこと、認められるはずがないだろう!この家はどうする?!」
二人の激しいやりとりに、僕は胸のクマさんを抱き締めて震えた。
「家のことなら、親父の望んだ結婚をさせられた姉さんと…、義兄さんがいるから大丈夫だろ?今は親父に嫌気が差してアメリカに行っちまってるけど…。一度くらい折れて、二人を呼び戻せばいい」
「ふざけたことを言うな!」
ぼかすかと、何かをぶつような音が聞こえる。
「……痛ってぇ…。払ってくれた学費は働いて返すよ…。…ああ、そうだ。もう一つ」
いきなり目の前の障子がサッと開かれた。驚く僕の前に、顔をしかめて頬を痛そうに押さえた叔父さんが立っていた。
「…おいで、二也」
叔父さんが僕に手を差し出した。僕は本当は夜の廊下が怖かったから、無我夢中で叔父さんに飛び込んでしがみついた。
叔父さんは、僕の体をヒョイッと担ぎ上げて、部屋の中で拳を震わせているおじいちゃんを振り返って言った。
「二也は連れて行く」
「なっ!何を考えている、四々朗!」
「あんた達のおかしな育て方で、二也はどうだ?この歳になるまで、俺以外とはまともに口も聞けなくなっちまってる。俺がいないと、この子はダメになっちまう」
おじいちゃんはもの凄く怒っている。今にも僕を叩きそうな目で僕を睨んでいる。僕の体はカタカタと震えた。叔父さんは、僕をギュッと抱き締めて、耳元で囁いた。
「…どうする、二也?俺と一緒に行くか?」
僕は叔父さんに置いて行かれるのが怖くて、何度も何度も頷いた。鼻の奥がツンとした。
「……行く…。叔父さんと一緒に…」
「よし、決まりだ。じゃ!」
叔父さんは僕を連れて、ダンッと廊下に一歩踏み出た。見上げた叔父さんの少し厳しい顔に、僕はもじもじしながら言った。
「あのね…、…おしっこ…」
とたんに叔父さんは、いつもの僕の大好きな笑顔になった。
「ほいほい。…二也、少し…遠くに行くから、ちゃんとトイレに行っておこうな。他には…、そのクマさんだけでいいよ」
叔父さんは、僕をトイレに連れて行ってくれた後、パジャマの僕に叔父さんの大きなジャンパーを着せた。そして、いつか僕用に買ってくれたヘルメットを被せて、叔父さんの大きなバイクの後ろに跨らせた。
「しっかり掴まってろよ、二也!」
バイクは勢い良く走り出した。僕の住んでいた大きな家が、グングンと遠くになって消えていく。
僕は必死になって叔父さんの背中にしがみついた。ジャンパーのお腹にしまってあるクマさんは、僕のお腹と叔父さんの背中の間で潰れて、ちょっとかわいそうだったけれど、ちゃんと我慢してたんだ。だって、僕もクマさんも、なんだか嬉しかったんだ…。