*BL Original novel・4*

□龍神様と人身御供
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チョロチョロと山の上から水が滴り落ちていた。
もっと幼い頃にこの滝を見た時は、轟音とともに滝壺が水飛沫をあげていたはずだ。
長く続く日照りは、間もなくこの滝も枯らしてしまうのかもしれない。
僕は滝の向かいに建つ小さな祠の前に座って、そんな光景をぼんやりと眺めていた。
ここに来て、かれこれ二日経った。お腹が空いて目が回りそうだ。
山の奥は、村ではカンカン照りの日差しも弱々しく、日が昇ってきたというのに肌寒い。
龍神様に「身を捧げよ」と、村から送り込まれて三日目の朝。
ヒュウッと一陣の風が僕の身体を吹き抜けていった。そして、キィーッと音を立て、背後の祠の扉が僅かに開いた。
クルリと振り向く僕に大きな影が覆い被さった。僕はまた反対側にクルリと振り向いた。

「…ここで何をしている…」

低い男の声に顔を上げると、見たこともないような立派な美丈夫が目の前に立っていた。村の誰よりもスラリと背は高く、遠くから見たことのある殿様みたいな仕立てのいい着物、長い黒髪は首元で束ねられ、ニッと笑ったその顔は…男の僕でもドキリとするほど整い美しかった。

「あっ、あ、あ…、あなたは…、龍神様ですか?!」

思い切って聞いてみた。

「お前に、俺が見えるというのならば、そうなのだろうよ」

男は、フッと目を細めて笑った。僕は、その美しい微笑みに見惚れ…、だけどハッと自分の使命を思い出した。だから、目の前の龍神様がとたんに怖くなった。

「あの…、僕をお食べに…なりますか?」

俯き、絞り出した声で聞いてみた。

「ん?お前みたいなガリガリのガキなんて…」

言われて、僕は自分のガリガリに痩せた身体を自分の両の腕で抱き締めた。

「…ほ…骨でもしゃぶれば美味しいかもしれません…」

「しゃぶるって?!見かけによらずに結構いやらしいんだな、お前。気に入った。名前は?」

龍神様はペロリと舌で唇を舐めてから言った。

「貴世(きよ)といいます…」

「歳は?」

「十五です…」

「十五にしては小さいな。飯、食ってねえのか?」

龍神様は僕の身体を上から下に下から上にジロジロと眺め回した。
僕は木の根っ子だらけの地面に両の膝をついて頭を下げた。

「村が…、ひどい日照りで!どうか、雨を降らせてください!ぼ、僕を召し上がってください!そして、そのお力で、雨を降らせてください!」

頭の上では、「うーん…」と唸る声が聞こえる。

「…ここを少し留守にしていた。悪かったな」

龍神様は、僕の頭をポンポンと叩いた。

「待ったか?」

「え、あ、はい。ここに座って…三日ほど…」

キュルルルルと、僕のお腹が鳴った。フッ、と龍神様が笑った。

「それは運が良かったな。一年ほどぶりにここに戻ったのだから。ああ、俺も腹が減った。何か食ってから働くか…、ん?」

サアッと僕の頭から血の気が引く音がした。いよいよ…、食べられてしまう…。

「あっ、あのっ!龍神様は、その、人の御姿のままで食べられるんですか?」

身体に震えが走る。

「ん?あ、まあ…。この姿、結構気に入って…、って、大丈夫か?」

地面に倒れ込む僕の身体を龍神様が支えてくれた。僕は自分の両手で自分の顔を覆った。

「どっ、どうせなら、でっかい龍のお姿がいいです!一思いに丸呑みにして欲しいです!」

「はあ?」

「ひ、人の口で食べられるのは怖いです!ど、どうしてもというのなら、時間をください!も、もう少しで空腹で意識を失いそうなんです!そ、その後で…」

龍神様は、顔を隠す僕の両手を龍神様の両手で包み込むようにして外した。

「健気な人身御供だな…」

龍神様は、僕の顔にゆっくりと顔を寄せてきた。真近で見る龍神様の瞳の美しさに息を飲んだ。

「…俺様に食われたいだろう?」

頷かなきゃいけないけれど、怖くて頷けない。だけど、首を振ることは許されない。
ただ固まる僕の顔に、ふうっ、と龍神様の息が触れた。そして…。
冷たい龍神様の唇が、僕の唇に触れた。

「俺様の名前は、澄水(すみ)。この地を守りし龍神なり…」

そして、僕の身体を横抱きに抱き上げた。

「今の接吻で、飯を作るくらいの力が湧いてきたぞ。天の気を動かすにはこんなものでは足りないがな」

龍神様は、僕を担ぎ上げたまま、祠の扉を行儀悪く足先で押し開けた。

「まずは飯だ!」

ヒーッ!と喚いてしまいそうな声をどうにか抑え込んだ。

「キヨ、何が食いたい?山の幸なら手を伸ばせば幾らでも届く。だが、海の幸もたまにはいいもんだ。都で作られてる甘い菓子も出してやるぞ」

人一人、身を潜めるほどの大きさだと思っていた龍神様の祠は、一歩中に入ると、……っ!大広間になっていたんだ。
驚いて瞬きをしたら、次の瞬間には、広間を埋め尽くすほどの食べ物で埋まっていた。千人分はあろうかと思うほどの、たくさんの膳。綺麗なお椀からは湯気が上っている。

「キヨ、酒は飲めるか?」

龍神様が聞いてくる。僕は首を振る。

「なら酌をしろ。美童もたまにはいいかもしれんな」

龍神様が僕を広間の真ん中に降ろした。僕は、怖さを忘れ、無我夢中で料理に手を伸ばした。
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