*BL Original novel・1*

□ボイスん。ダメージ
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その役者さんは、スタスタと住吉くんの前を通りすぎたんだ。

「あー。お疲れっす。またあとで」

なんて、住吉くんが独り言を言う。
そして、僕に肩をすくめてみせた。

「いつものことですよ。ほら、俺、ぽっと出の超新人っすから」

「え…」

まかりなりにもうちの事務所の後輩だ。
しかとされていい気はしない。

「木月さんのその気持ちだけで充分っす。ほら、呼んでるっすよ?」

ミキサー室の扉が開いて、僕の姿を確認したスタッフさんがスタジオを指差した。

「ここで待ってますね、木月さん」

そう言って、ニッコリ笑う住吉くんに、なんかしっくりこない手を振った。



「もっと抑えて!」
「もっと激しく!」
「もっと……」

監督の苛立ちに顔が青ざめる思いだ。
この頃、よくこんな気分になる。
なんだこれ?
足が震え出す。
「出来ません」なんて言えっこないから、やるしかない…わかってるさ。
でも出来ないんだ。
宮元さんはきっと笑う。「へたくそ」って言ってね。

「はあ…、まあいいや」

なんて、最悪なオーケーを貰い、ドアから逃げ出すことをやっと許された。

「お疲れっす」

イヤホンを耳から引き抜き、住吉くんが顔を上げた。
疲れ果てて、その横にどさりと腰を降ろした。

「今日の監督さん厳しいっすよねえ」

「いや…僕がへたくそで…」

ああ…なんて両手で顔を覆ってると、住吉くんがコーヒーを持ってきてくれた。

「俺も気がきくようになったでしょ?結構揉まれたんで」

と少し照れくさそうに笑った。

「…ありがと。ああ、もう……帰りたい」

天井を仰いで思わず出た言葉を住吉くんが茶化す。

「ダーリンの元へ?」

冗談を返す元気もなく、今度はうな垂れた。

「木月さんってさあ。俺から見たらお姫様みたいな感じだった」

何を言いだしてるんだろう…と、目だけ上げて住吉くんを見た。
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