*BL Original novel・5*
□永久就職
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「松谷の内定を祝して!乾杯!」
カツンとビールのジョッキとジョッキを合わせて音を立てた。
居酒屋のテーブル席で、向かいに座る加賀先輩は、美味そうにビールのジョッキを傾ける。ネクタイを緩めた首元の喉仏が、ビールが喉を通過する度に上下に動く。それを見て、俺の喉もゴクッと音を立てた。
微妙にオヤジ臭い姿が、いつの間にかすっかり板についてしまっていた加賀先輩は、社会人一年目だ。一つ後輩である俺の内定を祝して、今日は飲みに誘ってくれた。
加賀先輩の嬉しそうな顔に、俺は自分のことながら、自分をメチャクチャ褒めてあげたい。俺は頑張った!
加賀先輩とは、中高大と同じ学校だった。
同じ中学校に入学できたということは、同じ学区内に住んでいた、という運命以外の何物でもないラッキーな出来事なのだが、俺は、そこからの自分の人生を自分で切り開いてきた。
中学の時、物心ついた時からやっていたサッカーをあっさりやめて陸上部に入部したのも、先輩がそこに居たからだ。
先輩と同じ高校に入りたくて、死ぬほど勉強も頑張った。
先輩と同じ大学に入りたくて、同じ塾に通ってまで死ぬ気で頑張った。
なにしろ、先輩は優秀な人だったから大変だった。
大学では同じサークルに入り、同じゼミに入り、俺は、先輩の確固たる後輩なる地位を築き上げ、守り抜いてきた。
そして、今、俺は、また先輩のおそばに近付くことに成功した。人生を賭けた就職活動だった。
「しかしなあ!松谷がうちの会社に来るとはなあ!」
まさか面接で「貴社に加賀先輩がいるから入りたい」なんて言ってはいないけれど、きっと、他の奴らとは気迫が違ったんだろう。俺は、加賀先輩の会社に入りたかったんだ!それが叶わないならば…、せめて、同じビルにある会社…、せめて、隣近所にある会社…、せめて、同じ駅を利用する会社…、せめて、取引がある会社…。なんて、目的意識が高い会社選びだろう。
「また、毎日先輩の顔が見れて嬉しいです」
正直に思っていることを口に出して伝えても、先輩は言葉以上の深い意味になんかとらえはしない。いつもそう。ずっとそう。
「ハハ!また昼飯一緒に食えるな!会社にも一緒に出勤出来るし…、って!学生のノリがまだまだ消えないな、俺は!アハハハ!」
先輩からの魅惑の誘いに、俺の心の中は、自分の就職祝いのパーティーが盛大に行われていた。
「先輩、俺、この頃料理にはまってるんですよ。弁当とか、先輩の分も作っちゃおうかな?」
メニューを見つめていた先輩が顔を上げた。目がキラキラしている。
「マジで?!やったー!お前、たまに何か作ってくれたりしたよなあ?すっげえ美味かった」
それは、バレンタインやクリスマスのことだと思う。甘いお菓子にありったけの愛情を込めて贈ったんだ。美味かった?嬉しいな!
「しかし、弁当は有り難いな。俺、金貯めてんだよねえ。一人暮らし始めたいしさあ。でも、うちの給料じゃつらくて…」
俺は、先輩に代わって、先輩の好きな食べ物ばかりを注文した。先輩の好みは熟知している。
「ああ、先輩、それなら…、てか、俺、会社のそばにマンション借りるつもりなんですよ。親戚が大家なんで、ちょっと安くしてもらえて。3LDKとかあるんで、一人暮らしには広すぎかなとか思ってるんですよねえ。ルームシェアしてくれる人がいたらいいな、とか思ってるんですけど、誰かいませんか?」
先輩は、運ばれてきた料理に顔を輝かせて、そのまま眩しい顔を俺に向けた。
「俺!俺!俺じゃダメか?!」
「えー!先輩ですか?そんなことしたら、それこそ一日中365日、顔を合わせまくりじゃないですか」
「ほんとだな」
クスクス先輩は笑う。俺は、365日24時間、先輩と一緒にいたい。