*BL Original novel・5*
□エンジェルスマイル
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今日はうちの人に大事なお客さんが来ていた。
だから僕は、綺麗な着物に着替えて、お見送りに礼儀正しく参加した。
うちの人が「おやっさん」と呼んだ、羽織袴の威厳のある恰幅のいいお爺さんが今日のお客さんだ。あと、お爺さんがゾロゾロ連れてきた黒いスーツ姿の悪そうな人たちもいるけれど。
屋敷の前でおやっさんが車に乗り込むのを見送っていると、おやっさんが僕に近付いてきた。そして、顔を綻ばし、
「くるみちゃん、相変わらず可愛いのお。どうだい?これから美味しいもんでも食いに行くかい?」
と、優しい声を掛けて来てくれた。
「ありがと!…えっと…」
おやっさんの肩越しに、うちの人が僕のことを怖い目でギロッと睨んでいるのが見えた。
「ごめんなさい。なんだか、うちの人が不機嫌だから…」
ペコッと頭を下げてお誘いをお断りすると、おやっさんは、ニコニコした顔を崩さずに懐に手を差し入れた。そして、取り出したお財布からお札を数枚僕にくれた。
「そうか、都留のやつは怖いのお。…ほら、くるみちゃんにお小遣いだ。お洋服でも買いなさい」
僕はおやっさんの好意を有難く受け取った。
「ありがと!また遊びに来てね!」
おやっさんは車に乗り込み、手を振る僕にうちの人が小さく舌打ちをしたような気がした。
僕は、貰ったお小遣いをホクホクと着物の袖の中にしまった。
実は、今、お金を貯めているんだ!嬉しいな!
ある日のこと、広いお屋敷の中の日当たりの良い縁側で僕が昼寝をしていると、うちの組の若衆が大声を上げて飛び込んできた。
「姐さん!大変です!組長は?!」
僕は、あくびを噛み殺しながら、静かな屋敷を見回した。
「んー?今、居ないみたいだよ?どうしたの?」
「それが…」
若衆は、言うことを少し躊躇っていたけれど、うちの電話が鳴り出して、その音に飛び上がるくらいビックリしてから、泣きそうな顔で僕に縋り付いてきた。
「あ、姐さん!じ、実は、うちの新入りが手を出したキャバクラ嬢が、おやっさんのお気に入りだったらしくて…。おやっさんが激怒してるらしいっす!」
電話に出た若衆の誰かが、
「姐さん!おやっさんから電話です!急ぎで用があるみたいっす!」
と、大きな声で伝えてきた。縋り付いてる若衆は、真っ青な顔色になった。
とりあえず、僕はおやっさんからの電話に出てみた。
『おやおや、くるみちゃんか。都留は居るかい?』
おやっさんの相変わらずの陽気な声が電話の向こうから聞こえる。
「おやっさん、こんにちは!うちの人は、今出掛けているみたいで、留守なの」
『そうか、そうか』
おやっさんは、全然怒っていない。僕は、「大丈夫だよ」って、若衆に小さく合図を送った。
『くるみちゃんは、今、お暇かな?』
おやっさんはのんびりした口調で聞いてきた。
「うん。お昼寝してたよ」
『そうか、そうか。なら、この暇な年寄りと少しお話してくれないかなあ?』
おやっさんの誘いを断る理由もない。
「うん、いいよ!…あのね、僕もおやっさんに謝らなきゃいけないことがあるみたいなの。だからね、お話しに行くよ」
『そうか、そうか。すぐに迎えをやるから、都留には内緒で遊びにおいで』
僕が、Tシャツとスウェットのズボン姿から、お出かけ用のシャツとジーンズに着替えていると、迎えの車はすぐに来た。心配気に見送ってくれた若衆たちに、僕は笑顔で手を振った。