*BL Original novel・5*

□ダブル・ガーディアン
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非番で寝ていた俺は、一本の電話で起こされた。
まだ昼間だというのに暗い部屋の中で、ベッドから身体を起こしてボリボリと頭を掻いた。
外は風が強くなり始めていて、時折、窓をガタガタ揺らしていた。
台風が上陸する恐れが出てきたそうで、交番勤務の俺にまで非常呼集がかけられた。
何かあってからでは遅いのだ……、と、寝ボケた頭に使命感を呼び起こし、頬を両手で叩いてから慌てて身支度を始めた。

署に向かう通勤用のよれたシャツとジーンズに着替えた。玄関のドアを開け、外の様子を覗うと、嵐の予兆が見られる空が広がっているが、まだ雨は降っていなかった。
玄関の鍵を掛け、歩き出した所で、隣の部屋の玄関のドアがカチャリと開いた。
俺の住むマンションの隣の部屋には、暫く人の気配がなかったが、誰かが最近引っ越してきたようだった。
少し前に、俺の部屋の玄関ノブに、ご丁寧に、『引越しの御挨拶』と熨斗の付いた煎餅がぶら下げられていた。その熨斗に、名前代わりに書かれていた部屋番は隣の部屋のものだった。だけど、その煎餅がなければ隣に誰かが引っ越してきたことには気が付かなかっただろうな、と思うほど、隣人の気配を感じたことがなかった。
だから、隣人とはこれが初対面となる。
隣の玄関ドアから姿を現したのは、パリっとした服装をした男だった。年頃は俺と同じくらいのアラサー辺りか?背は俺よりも高く、一見痩せて見えるが、スポーツでもやって鍛えてる感の威圧感の漂う姿勢の良い身体。整った顔つきで、一重の切れ長気味の目、スッと通った鼻筋。例えるなら、時代劇に出てくる侍のような、そんな雰囲気の男だ。
不躾に男を観察していた俺に、隣の男は一瞬訝しげに眉を寄せた。いけない。職業病が出てしまった。

「あ、あの、隣の者です。こないだは煎餅、ありがとうございました。美味しかったです」

俺がペコリと頭を下げると、隣の男は慌てたように、俺にも頭を下げてきた。

「すいません。ご挨拶が遅れました。隣に越してきた渋木(しぶき)と申します」

「あ、村雨(むらさめ)と言います。あの、失礼ですが、お独りですか?」

隣人の渋木さんの眉間がまた訝しむ。しまった!また警官の職業病が出てしまった!職務質問みたいだったかな?
俺は慌てて付け加えた。

「あ、いや、このマンション、単身者は俺くらいかなと思ってたんで。ファミリー仕様っていうか、一人には結構広いですから。掃除大変でしょー?」

俺と渋木さんは、並んでマンションの外廊下をエレベーターに向かって歩いた。渋木さんは、少しだけ俺に警戒を解いてくれたみたいで、話してくれた。

「あの部屋は親類の持ち物なんですが、海外転勤の為、空き部屋になっているところを貸してもらいました。休みの日にしか帰れないので、帰って寝る、だけになっちゃってますよ。えっと、村雨さんもお独りなんですか?」

渋木さんはエレベーターのボタンを押しながら聞いてきた。

「ええ。安かったんですよー。あの部屋」

とか言ってしまって、俺は、しまった!と口元を押さえた。

「なぜ?」

渋木さんが声のトーンを落として聞いてきた。

「あ、いや……、その、事故物件っていうんですかねえ」

「え?!」

俺の言葉に、渋木さんは恐る恐るというように後ろを振り向いた。俺は、堅物そうな渋木さんのそんな一面を見て、思わず笑ってしまった。

「アハハ!大丈夫ですよ!幽霊なんて見たこと無いし!もちろん、隣の部屋にも何にも影響は無いですよ」

チンッと音を立ててエレベーターが到着した。俺と渋木さんはエレベーターに乗り込んだ。

「……村雨さん、豪胆な方なんですね」

渋木さんに褒められ?たけど、俺はフンッと胸を張って答えた。

「もしもお化けがいたとしても、この世の中では、生きた人間が一番怖いですからね」

と、持論を披露してしまった。渋木さんは、

「なるほど」

と、感心したように頷いてくれた。
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