*BL Original novel・5*

□帰る場所
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*まだ一緒に暮らし始める前の出来事。
*番外編「お巡りさんの休日」アフター。


千堂さんの生まれ育った街に来るのは二度目だ。
僕は、私鉄の小さな駅に降り立つと、すうっと大きく息を吸った。

──「法事のついでなんかに、和喜を呼び出して申し訳ない」

なんて、今日のデートの約束をする電話口で千堂さんは謝ってきたけれど、僕は姿の見えない相手に首を振った。
遠く離れて暮らす二人の距離と時間によって、気が付くと透明な壁が出来上がってきているように思えた。
確かに触れ合って、求め合った二人だけれど、それぞれの日常生活の中で、まるで過去のことは夢の中の出来事のように思えてきてしまうことがある。
会いたい会いたいと言うには遠慮があって、あの人も寂しいはずと思うには自信がなくて……。
だから、数カ月ぶりにその姿を見つけただけで、僕の心臓は跳ね上がった。

「和喜!」

駅の改札の前で待つ僕に、千堂さんは右手を上げて声をかけてきた。千堂さんは、ダークスーツにネクタイというスタイルだった。初めて見るスーツ姿に、僕のドキドキは激しさを増す。

「お、お久しぶりです」

ギクシャクと頭を下げた僕に、千堂さんは目を細めた。

「こんな格好のままでごめんね。和喜も忙しかっただろうに、遠くまでこさせちゃって」

和喜「も」か……。はしゃいでいた心臓が、少しキュンとなった。

「千堂さんもお忙しかったのに、その、わざわざ時間を作ってくれて……」

うつむき加減に言う僕の言葉に、千堂さんは少し小首を傾げた。何か言いたげに僕を見つめた後で、

「とりあえず、飯、行こうか?」

と、明るい声で僕を誘った。
並んで歩くと、微かに触れる肩先が熱い。
背の高い千堂さんをこっそり見上げれば、千堂さんも僕を見て微笑んでくれる。
離れていた距離が近くなっていくような気がする。

「今日は何食べたい?」

「千堂さんの行き付けのお店で」

「アハハ。また寿司でいい?」

「はい!」

ようやく明るい声が出せた僕に、千堂さんはニッコリと笑ってくれた。
その時、

「おい!千堂じゃないか!」

通り過ぎた駅前の交番から、大きな声に呼び止められた。千堂さんは足を止め、数歩後戻りした。

「あれ?伊勢か。こないだは助かったよ、どうも」

交番からひょいと顔を出した警官に、千堂さんは親しげに話し始めた。

「こちらこそなーって、ああ、お前の実家、この辺だったな。なんだ?今日もデートか?」

デート、という言葉に、恥ずかしくなって顔を伏せた。男同士で付き合っているなんて、まだ誰にも話せていないことだ。
だけど、千堂さんの知り合いらしい警官の、次の言葉にショックを受けた。

「何だ?千堂、めかしこんで。彼女を連れて実家に挨拶か?俺にも紹介しろよ?てか、結婚式には呼べよ」

「……はあ?何を言って……」

千堂さんが、僕をチラリと見てから、知り合いの警官に困った顔を見せている。僕は聞いちゃいけない話題だったかな……?千堂さんの彼女って……。まさか……?

「寿司屋の大将に聞いたぞ?メチャメチャ美人だったってな」

寿司屋って、こないだ僕が連れて行ってもらったところかな?千堂さん、違う人ともあのお店に行ってるんだ……。

「あれ?彼女はどこに置いてきたんだ?」

交番の警官は、辺りをキョロキョロ見回す。少し距離をとっていた僕とバチリと目が合い、警官は一瞬、怪訝そうな顔をした。
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