*BL Original novel・5*
□帰る場所
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一つしか無いホームに上ると、上りと下りの電車が同時に入ってくるところだった。僕は、行き先を確認してから、上りの電車に乗り込もうとした。
「和喜、違うよ。こっち」
その時、腕を取られ、僕は引き摺られるようにして反対側の電車に連れ込まれた。目の前で、電車のドアが閉まった。
僕を帰路とは違う電車に連れ込んだ千堂さんは、空いている車内の、空いている席に座った。まだ離さない僕の腕をもう一度引く。僕は、千堂さんの隣の席へ腰を下ろすことになった。
「……はぁ……」
千堂さんが溜息を吐く。僕はいたたまれなくなって、ただ俯く。
「和喜……、カッコつけたことばかり言って悪かった。今からしばらく正直者になるけど、呆れたらすぐに電車を降りて下さい」
千堂さんは、今度は溜息ではなく、一呼吸息を吸って吐いた。気合を入れるみたいに。
僕は堪らず、一つだけ質問した。
「どこに行くんですか?」
僕の家とは反対方向の電車だ。千堂さんは、凛々しい表情のままで言う。
「俺の家。和喜と離れたくないから」
「え……?」
千堂さんの家とは、駐在所のことだろうか?
「すごい田舎だけど、いい所だよ」
「……知ってます……」
「和喜、良かったら、一緒に暮らさないか?大学を卒業した後でいい。なにしろ田舎で、仕事が無いかもしれない。そしたら俺が養う。俺のそばに居てくれないか?」
「……え?」
千堂さんが真っ直ぐに僕を見つめてくる。
「我儘だろ?俺は。和喜が俺のことを忘れても構わない、なんて言いながら、ほんとは誰にも取られたくなくて叫びだしそうだった。毎日声が聞きたくて、毎日会いたかった。だけど……」
千堂さんがようやく表情を崩して笑いかけてきてくれた。
「だけど、和喜の幸せが一番だから。俺の見えないところにいても、和喜が幸せならそれが一番だからね」
そんな千堂さんの言葉に、ハッとする。僕の方こそ我儘だった。僕の知らない千堂さんが、幸せならそれでいいなんて、そんなふうに考えたことはなかった。ただ、僕の知らない千堂さんにすら焼きもちを焼いて、もっと強く思って欲しいなんて、想いを募らせてばかりいて……。
「でも、俺は思ったんだ」
千堂さんが、座席の上に置かれた僕の手をギュッと握ってくれる。
「この世で一番、俺が和喜を幸せに出来るんじゃないかなって」
向かいの窓の外に視線を向けた千堂さんの横顔は、頬がほんのり赤くなっている。
「和喜が知らない俺を知りたいなら、全部見せるし、教えるし、俺の知らない和喜のことも全部教えて欲しい」
僕の心臓は、千堂さんの言葉でキュウキュウ痛む。僕は、千堂さんの肩に、自分の頭をゆっくりと預けた。
「千堂さん……。千堂さんの秘密、僕が知っている秘密以外にも、まだ何かあるんですか?」
そう僕が言うと、千堂さんはクスっと笑った。
「和喜が知っている秘密以外には、特に無いとは思うんだけど?」
「そっか……」
この優しいお巡りさんの、最大の秘密を知っているのは僕だけなんだ。
「千堂さん、僕ね」
「うん?」
「教師になろうかと思ってるんだ。田舎の小さな学校の教師になりたいんだ」
「素敵だね」
僕の頭に、千堂さんはコツンと自分の頭を乗せた。
「一番近くで、和喜の夢を見守りたいな」
僕の臆病と、千堂さんの優しさが、やっと重なり合った。
「和喜、離れている間、不安にさせてごめん」
「僕の方こそ、勝手にヤキモチを焼いたりして……、ごめんなさい……」
「怒った和喜の顔も可愛かったよ」
そんなことを言う千堂さんの顔先で頭を振ってみせれば、僕の髪が鼻をくすぐり、くすぐったいと千堂さんが笑う。
「一生大事にします。好きです。和喜。もう離さないよ……」
二人きりになった車両で、千堂さんは僕の耳元で、そう囁いた。
もうすぐ、千堂さんの住む場所が、僕の帰る場所になる……。
(おしまい)