*BL Original novel・5*

□Cry Baby Prince
2ページ/8ページ

夜の暗い海の中から見上げた水面は、照明の光を反射してキラキラ輝いていた。
激しいモーター音が頭上を通り抜けて行くまで、限界な肺でどうにか耐え抜く。
ゴポッと、口から最後の空気が吐き出された。その、貧弱な泡は、俺の足元から湧き出た赤い靄の中を頼りなくも水面に向かって上っていった……。

   *

酷い寝汗をかき目を覚ました。
カーテン越しでも朝日がもろに入ってくる白い部屋の眩しさに目を擦り、こんな時間から賑やかな部屋の喧騒に顔を顰めた。
4人大部屋の病室の、窓側の俺のベッドの隣には、昨日入院してきた男が寝ている。いや、起きている。起きて、朝から騒いでいる。とにかく、この男がうるさい。

「おお!今日はいい天気だな!こう天気が良いと体が疼くぜ!って、疼くのは骨折った場所か!イテテテて、アハハハハ」

隣の男はベッドから飛び降り、病室のカーテンを引き裂くように開け放しながら言った。男の右腕にはギプスが。そして、入院着の襟元からは、鎖骨を覆うように巻かれた包帯が見える。どう見ても怪我人だが、うるさい。


俺以外の同室者達は、この男が入院してきたその日に陥落した。
入り口近いベッドの恰幅のいい爺さんは、男から、お裾分けだと、大量の菓子を賄賂のように渡されホクホク顔になった。

「こんなにお見舞い貰っても、俺1人じゃ食いきれないしね。って、看護婦さんに見つかんないように食えよ?」

俺の向かいのベッドの神経質そうな爺さんは、菓子は断ったが、別の手で落ちた。

「おっちゃんも菓子食うか?」

「オレは糖尿だからいらん」

「そっか。じゃあ、本読むか?昭和の薫りがするエロ本だけど……。コンビニでもこんなエロ本買うのって勇気がいるよなあ。大量に買ってきやがって。買ってる所見て冷やかしてやりたかったぜ。あ、読む?いいよ、みんな持ってって。俺、利き腕が使えねえから興奮しちまうと辛くってさあ」

食欲と性欲で同室者がこの男に懐いてしまうのなら、俺は睡眠欲だ。

「隣のベッドの兄ちゃんは……、あれ?寝てんの?若えのに病気か?大変だな」

薄目を開けて隣の男の様子を覗った。無遠慮に、お互いのベッドの仕切るカーテンを開け放って仁王立ちに立ちながら布団を被る俺に声をかけてくる。
歳は俺よりも幾分か上か?30代前半ってところだろうか?背の高い、やたらと筋肉質な体付きは、肉体労働者と言ったところだろうか?日に焼けた浅黒い肌に、やたらと笑う白い歯が見える。

「風祭光輝(かざまつりこうき)……、カッコ良い名前だな……、どっかで聞いたことある気がするような……」

男は、ベッドの枕元に貼られた俺のネームプレートを読み、俺の名前を口にした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ