*BL Original novel・3*

□秘密
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僕は読んでいた本を膝の上で開いたまま伏せて、高く澄み切った空を見上げた。鳥が自由に優雅に飛んでいく。
僕は溜息を吐きながら、そっと自分の足を撫でた。傷は治ったというのに、なぜだか歩けない僕の足だ。

「椎(しい)くん、そろそろ院長先生の回診の時間よ。お部屋に戻っていてね」

忙しそうに通り過ぎようとした看護師さんが僕に声をかけてくれた。僕は、車椅子の向きをかえ、そびえ立つ病棟を見上げて、ふ、と院長先生の言葉を思い出した。今みたいに、僕が一人で空を見上げていたときのことだ。車椅子を押してくれながら、先生は言った。

「椎くんに、私のとっておきの秘密を教えてあげるね。…エライ人は高いところが好きだからね、一番上はその人達に譲ったんだよ」

院長先生は、病院の最上階を指差してクスリと笑った。後で確かめたら、一番上は特別室だった。院長室はその下の階。いつも難しそうな顔をしている院長先生の冗談に僕はビックリしたんだ。
それから…、院長先生の笑顔を探す僕がいた。
やたらとつきまとう僕にうんざりしたのか、

「退屈なら、何か本でも貸してあげようか?」

と、最上階の一つ下の階に僕を連れて行ってくれた。その時借りた本は、もうすぐ読み終わる。


   *


病棟の消灯時間が過ぎて、眠れない入院患者たちのモゾモゾする音も止んだ頃、僕はそっとベッドを抜け出した。
薄暗い廊下を車椅子の音を立てないように気を使いながら進む。たどり着いたホールでエレベーターを呼んだ。乗り込んだエレベーターの中で、最上階の一つ下の階のボタンを押した。
程なくして、チンッ、と音を立ててからドアが開いた。明かりが灯っているドアの外のホールに安心して、僕はエレベーターを降りた。
そこは、十数階ある他の階とは全然雰囲気が違う。他の階は白を基調とした空間に、爽やかな緑の観葉植物が置かれている。あと、微かに漂う消毒薬の匂い。だけどこの階は、エレベーターホールも廊下も全て赤い絨毯張りで、壁は木調、あちこちに絵画や陶器が飾られている。そして漂う甘い香り。行ったことはないけれど、多分、高級ホテルみたいだと思う。
ホールから廊下へ繋がる空間に、磨き抜かれて透明にも見えるガラスの壁が存在する。僕は壁の中程にある小さな四角い機械に手を伸ばした。
ピッピッピッピッ
教えてもらった暗証番号を押すと、スウッとガラスの扉が開いた。僕は誰も見てやしないのに、キョロキョロおどおどしながらそのドアをくぐり抜けた。
少し長めの廊下の突き当りに、重厚な木の扉が現れる。僕はドアに付けられた、西洋のお城にあるような金属製のノッカーでドアを叩いた。暫く待つけれど返事がない。思い切ってドアノブを回すとカチャリと回った。なのでそっと扉を開いてみた。

「こ…んばんは…」

恐る恐る声をかけると、部屋の中にいた人物が顔を上げた。
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