*BL Original novel・3*
□舌に残る甘さ
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数日前のドタキャンの埋め合わせと、住吉から外飲みの誘いの連絡が来た。
『忙しかったら無理しなくていいよ』なんて、妙に遠慮がちな誘いに、『奢ってもらうからな』と返し、待ち合わせの駅前へと向かった。
いつも住吉は見つけやすい。通りすがりの女の子が、チラッチラと視線を送る方に住吉は居る。壁にもたれてヘッドフォンで音楽を聞いているくせに、僕が近付くとなぜだかすぐに気が付いて顔を上げる。
…が、今日はもっと見つけやすかった。視線だけ投げて通り過ぎるはずの女の子達が、立ち止まり、あからさまに観察している。僕はその人垣をかき分けて、住吉のもとへ向かった。住吉と、もう一人、明らかに視線を集めている人物はこいつだ。スラリとした長身の二人は楽しげに笑いながら話をしている。これがホストの客引きだったらさぞかしお客を呼べただろうに、なんて想像してしまった。
「お。悠也。お疲れ!」
住吉が僕に気が付いた。
「あれー?この人?女の子じゃないじゃん」
いきなりもう一人のやつに指を差されてムッとする。だけどこいつが誰だかわからないからあからさまに不機嫌を顔に出すような子供じゃない。とりあえずニッコリ笑った。
「住吉、こちらは?」
「あ、こっちはGEN。ほら!悠也の出てるやつの主題歌歌ってるバンドの…」
「鷹尾元です!今日はさ、住吉と一緒にアテレコの仕事してきたんだよね」
鷹尾は肩に背負っていたギターのケースを担ぎ直した。ああ、バンドの誰かがうちの事務所の預りになった話は聞いた覚えがある。そして、住吉がそのバンドの歌を気に入って最近よく聞いていたのも思い出した。
ふうん。こいつがそうなんだ。そもそも僕は、本業じゃないやつが仕事に絡んでくるのはあまり好きじゃない。ま、だけど、そんなことを顔に出すようなガキじゃない。
「そっか。僕もキーボイス所属です。どうぞよろしく」
営業スマイルを見せて手を差し出した。鷹尾も真っ白な歯をニカッと見せて笑うと、僕の手をガシッと握り返してきた。
「悠也…さんだっけ?可愛いね!俺と付き合わない?」
「…は?」
一瞬思考が止まってしまった僕の腕を住吉が力任せに引っ張って鷹尾から引き離した。
「あっははは!ねえねえ!住吉ってからかうと面白いよな!」
鷹尾は僕を肘でつついてきたけれど、住吉は顔をひきつらせて笑えてないから、僕も曖昧な顔して誤魔化した。
三人で駅前にあるチェーン店の居酒屋に入った。ここはスウィーツが充実していて住吉のお気に入りだ。
とりあえずのビールの後の注文で、住吉は僕と二人きりでいる感覚のままに注文をしてしまったから鷹尾から突っ込まれた。
「焼き鳥と唐揚げと…ブリュレと…ミルクパンケーキと…」
「え?もうデザート食うの?」
住吉は、普段はカッコつけて人前で甘いものもあまり食べないし、適当に酒も飲む。だけど、僕と二人きりだと、わざわざ苦手な酒は飲まないし、大好物から先に食べ始める。だから、しまった…という顔をした住吉を見て、僕は思わず笑ってしまった。
「ここのは美味しいんだって。ほら、こないだの夜中、なんとかランキングってテレビでやってたの見たんだよね」
僕の適当なフォローに住吉は乗っかってくる。
「そっそ!えーと…、悠也はどれ食いたいって言ってたっけ…」
「えっと、僕は…」
住吉が見せてきたメニューを覗き込むと、鷹尾がまた声を上げた。
「なんで?!二人で真夜中に一緒にテレビ見てたの?」
僕と住吉は顔を見合わせた。
「そうだよ。俺ら一緒に住んでるし」
住吉がさらっと言った。だからさらっと流して欲しかったのに、鷹尾は食らいついてきた。
「同棲してんの?やるじゃん。じゃあ、付き合ってんだ?」
住吉はふうっと小さく息を吐いて、ちらっと横目で僕を見てきた。「言ってもイイ?」って目で聞いてくる。僕はすかさず頭を振った。他人に同性愛を簡単に暴露するほど僕の心は寛大じゃない。
「やだなあ、ゲン。いくら岩井さんが美人でも手なんか怖くて出せないっすよ!」
住吉がおどけてみせた。ふん。さすが役者だ。
「え?俺は全然平気だけど。ねえ、岩井さん。この後よかったらちょっと遊ばない?」
僕はよそ行きの顔を捨てて、鷹尾を睨みつけた。