*学園*
□皐月祭
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すでに放課後の夕暮れ時。
消灯まで数時間しかない…。
カバンを取りに教室に戻ると、隣の教室に一人、ぽつんと窓辺に佇む人影を見付けた。
「夕ちゃん?帰らないの?」
教室を覗き込み、声をかけると、くるりと振り返り、えへへっと笑った。
可愛い…。
思わず夕ちゃんの横に歩み寄った。
「練習をね、見てたんだ」
窓から見えるグラウンドでは、運動部連中がいい汗をかきまくっている。
夕ちゃんが見ていたのは端っこの方でやたら走り回っている陸上部だろう。
「向田、次は県大会だろ?凄いね」
外を眺めながら言うと、夕ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「タイム的にはね、全国行けるって言われてるんだよ。でもねえ、今年はライバルも多いって…」
今度は不安げに視線を窓の外に送る。
ピンッ!と、僕の中の悪魔が目を覚ました。
「どんな願いも叶えてくれるという伝説があるのを知っているかい?」
さすがにこの言い方は胡散臭い。
キョトン、とした顔で夕ちゃんが僕を見つめる。
「あー、ほら!もうすぐ皐月祭だろ?あれの王冠にそんな伝説があるなーって、今思い出しただけ!あははははっ!」
「そうだっけ?」
「夕ちゃんがあの王冠を向田に贈ってあげたら、向田、全国間違いなしだよ!うん!きっとあいつ喜んじゃうね!うん!」
「そうなの?」
「そうそう!欲しい?欲しかったら、この紙にサインくれないかな?あ、いや、なに、ほら!僕がイベント担当だからね!夕ちゃんに特別にシロツメクサの王冠、分けて上げようと思ってね!」
「んー…」
人を疑うことを知らない夕ちゃんは、僕の差し出した紙きれ(ああ…立候補者受付の紙…うう…)に可愛い字で名前を書き込んだ。
「む、向田にはサプライズで内緒にしておいた方が喜ぶかも?!じゃ、じゃあ、僕はこの辺で!」
「ありがとー」
笑顔で手を振る夕ちゃんに心が痛い。
悪魔が…僕の中の悪魔が…。
い、いやしかし!
夕ちゃんの可愛らしさなら王子様になれる。
しかも、あの向田が付いているのだから、危険な目にも合わない。
うんうん。
よく考えてみたらナイスチョイス僕。
カバンを抱え、昇降口に降り立った僕は、ふと足を止めた。
王子様…兎川がぼんやりと上履きを手に下駄箱の前に立っていた。