あいらぶゆう!

□博士号剥奪
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「た……ただいま…」
「名無しさんちゃん!?その腕…!」


名無しさんの家に泊まって次の日、朝学校へ行った名無しさんは夕方頃帰って来た。昨日と同じく夕食を作っていた正一はコンロの火を止めドアを開けた。
だが目の前にいた名無しさんは昨日と同じではなかった。
右腕に傷があり、おさえられた腕から血がつと垂れていた。
数々の傷を見て治療してきた正一は一瞬焦ったがすぐに冷静になる。一目でそれが刃物で切られたものと見抜いた。そして名無しさんをソファーに座らせ誤魔化されないような聞き方をした。


「あいつらに切られたんだね」
「………ちょっと気抜いてました。入江さんを追ってる奴らのこと分かりました。港の倉庫を拠点に運び屋をやってる組織です」
「だから!そういう問題じゃないだろ!」


自分のことはあいつらの勘違いで狙われてるとしても職業が職業なだけにこういうことも仕方ないと思う。自分は裏の人間なんだから。
けど、名無しさんは違う。彼女はただの高校生なのだ。

鞄を持って逃げて良かった。腕の応急処置が出来る。
自分の鞄を開け道具を取り出し彼女の腕を触る前に名無しさんを見、言った


「名無しさんちゃん、治療する前に言うね。僕は普通の医者じゃなくて闇医者なんだ。」
「え?」
「危ないことやってるような人を治すのがほとんど。けど、実力はあると思ってる。君の傷も見た目ほど悪くない。…こんな奴に任せるのは怖いかもしれないけど僕に見させてほしい。…治療したら、出てくから」


名無しさんがどういう反応をするかと内心焦っている正一とは裏腹に名無しさんはいつものように落ち着いたまま、目をぱちぱちと瞬きさせる。


「なんで私が怖いと思うんですか?」
「え、」
「闇医者だからってなんですか。私が入江さんを怖いだなんて思いません」
「名無しさんちゃん…」
「だから出て行かなくていいです。治療、お願いします」


いつもの淡々とした口調で、けど優しく笑って言う名無しさん。
名無しさんは人とずれてる。
嬉しい時や楽しいと感じる時などの反応は高校生そのものだが、恐怖などの感情が薄いらしい。
だからこそ、正一と出会ったともいえるが。
もしあの時通りかかったのが名無しさんではなく他の高校生――いや、大人でも見て見ぬフリをして追われた正一はこうして無事にいることはなかっただろう。



「うん………………ありがとう」


そう言った正一に名無しさんは笑った。


「やですね、お礼を言うのはこっちです。怪我して帰ったらお医者さんが治療してくれるなんて滅多にないですよ?」

















もうすっかり暗くなった部屋で、ごそりと音がする。
正一は名無しさんが眠ってるのを確認し鞄を手に取った。

もう名無しさんに迷惑をかけるわけにはいかない。本当は分かってた。こうして名無しさんの家にいたら名無しさんが危険になるかもしれないってこと。なのに出て行かなかったのは僕の甘さだ。
名無しさんの言っていたことを思い出す。港を拠点にしている運び屋…

僕は、行かなきゃいけない。


電話の横に置いてあるメモに一言書き、名無しさんの家を出た。














――――――――名無しさんちゃん、ありがとう。ごめん。






博士号剥奪





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