ポテトチップスチョコレート

□ACT.0
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 木枯らしの吹く12月、
 すべては、あまりに突然すぎた。




「奏、聞いてっ!」
「ん、何?」

 お姉ちゃんがひときわ明るい声を出して、私のところに駆け寄ってくる。
 本当はあんまり暇じゃないけど、お姉ちゃんの明るさの理由が気になって、私は机から体を反らせた。

「ふふ、ほんとは真っ先に母さんに言わなきゃいけないことだけど、特別に奏に一番に教えてあげる」

 いつもの笑顔とは少し違う、嬉しさにゆるみきった笑顔。
 お姉ちゃんは、普段こんなにおおっぴらに感情を表に出さない。珍しいな、と思いながら、脇を肘で軽くつついた。

「何よ、もったいぶらないではやく教えてよ」
「ふふ、実はね……」


 ――赤ちゃんができたの。


 耳元でささやかれた言葉が、一瞬、処理されずに滞る。
 やっとの思いで脳に伝達された一言に、私は目を見開いた。

「――は!?」
「だから、こども。今3ヶ月なんだって」

 自らのおなかを優しくさすりながら、お姉ちゃんは満面の笑み。
 もちろん私は、お姉ちゃんみたいに素直に喜べない。
 だって、なにも聞いてない。誰が相手なのかも知らないのに。

「……じゃあ、この家出るの?」
「んー、まぁ、そのうちね」
「そのうちって……」
「だって、彼、就職したてで忙しいもの。いきなり扶養家族が増えたら困るでしょう」
「増やしたのはその人でしょ?」

 あんまりおっとりしたお姉ちゃんの反応につい語気を荒げると、お姉ちゃんは困ったように笑った。

「奏も言うようになったねぇ。大丈夫。落ち着いたらちゃんと籍入れるから」
「……まだ籍も入れないの?」
「重荷になりたくないの」

 お姉ちゃんは、笑った。
 その笑顔が、何もかもを覚悟した人の笑顔だったから、私は口をつぐんだ。

「母さんにもちゃんと話すよ。怒られるだろうけどね」


 ああ――本気、なんだ。


「そっか……わかった」

 本気の人に言えることなんて、たかが知れてる。
 だから私は、当たり障りのない言葉と精一杯の笑顔を、お姉ちゃんに贈った。


 知らなかったんだ。
 その時の私は、本当になにも――知らなかったんだ。



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