ポテトチップスチョコレート
□ACT.1
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気付かれないように、うつむいた。
もう二度と、あの人の瞳が『私』を映すことのないように。
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新緑の芽吹き出した桜が眼下にある。
校舎に沿うように植えられた桜並木は、1年のいる3階からは堪能できない。それを少し、ほんの少しだけ残念に思いながら、私は窓際の自分の席に座った。
高校に入学して1ヶ月が過ぎた。やっと授業にも制服にもなじんで、緊張がとれてきたところ、という感じ。
7時半を回ったばかりの校舎には、先生以外はいない。授業が始まるのは8時半だから、生徒の来る気配もない。それが心地よかった。
机に頬杖をついて座る。文庫本を開くか、こうしてぼうっと窓の外の景色を眺めるかが、いつもの朝だった。
太陽がやわらかく教室を照らしはじめる。
あらためて眼下に視線を向けると、同じ制服を着た人が幾人か校舎に歩いてくる。
また、今日がはじまる。
「ねえ、奏ちゃん」
「ん?」
後ろの席の友人、と言っていいのかどうか分からないが、目のくりっとした童顔の少女が、私の背中をつついてきた。
私はそれに過不足なく答え、一拍置いてから彼女のほうに上半身だけ向き直る。
「新任の生物の先生、知ってる? 1から4組の担当なんだけど」
「知らない。1から4て階違うし」
「だよねぇ、奏ちゃんそういうのに興味なさそうだし」
はぁ、とこれみよがしに溜め息をつく。相手をしてほしがっている時の彼女のしぐさだったから、私は少し興味を持ったような表情を作って、ワントーン声の高さを上げた。
「なにそれ。気になるじゃない」
そういうと、彼女はぱっと顔をあげて、嬉しそうな表情をした。
全部分かってやっているお芝居だなんて、きっとこの子は気付かない。
「あのね、その先生ね、すっっっごくかっこいいの!」
「へぇ?」
「新任だから若いし、穏やかな優しい顔立ちでね! 図書館と音楽室が似合うかな、でもきっと白衣もかっこいいよ! あっちのクラスいいなぁ! でも確か結婚してるんだよね、残念だなぁ。奥さん絶対美人だよ」
女の子はこんな話が好きだな、と苦笑する。
しかたないから、控え目に笑った。