短編
□ヤキモチ。
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あ、と思ったときには、もう手遅れだった。
「なぁ、えっと……久木さん?」
「え? なに?」
隣の席に座っていた男の子が、わたしを見て言った。呼ばれたわたしが彼を見ると、申し訳なさそうな顔を作って話しかけてくる。
両手を胸の前で合わせた彼に、拝まれるようなことしたっけな、なんて思いつつ、上体を彼の方へむける。
「あのさ、悪いんだけど、ノート貸してくんない? 前の授業休んでてさ」
眉をハの字に下げた彼は、どうやら拝んでいたわけでなく、ノートを借りる申し訳なさを体現したかったようだ。
「ああ、いいよ。前回の分だけでいい?」
「うん、さんきゅ、助かる」
しまいかけていたバインダーを鞄から引っ張り出し、ルーズリーフを2枚、彼に渡した。
「来週の授業までに返してね」
「了解」
言いつつ彼はルーズリーフに視線を落とし、ふっと笑った。
「久木さん、字ぃ汚ねぇなぁ」
「なっ……しょうがないじゃん、この授業めちゃくちゃ説明多いもん、きれいに書いてたらおっつかないし」
「あー確かに。進め方半端ないよな、ホントに15回で終わんのかって思う」
どうしてこんなにフレンドリーに話しかけてくるんだろうと考えてみて、そういえば、去年のクラスが同じだったことを思い出した。でもあまり他人に興味のないわたしは、彼の名前を思い出せない。もとい、おそらく最初から覚えていない。
彼はわたしのルーズリーフをファイルにしまって鞄に入れ、それからまたわたしのほうに向き直った。
「コピーしたら返すからさ、メアド教えてくんない? 終わったらメール送るからさ」
「あ、うん」
別にアドレスくらいいっか、と鞄をあさる。彼はすでに携帯を両手で構え、受信体勢に入っている。
「そういや、久木さんって下の名前なんてぇの? みんな名字で呼ぶよな、ひさぎんとかひっさんとか」
「よく知ってるね」
「ああ、初めて聞いたときに『なんだひさぎんて!!』って思ったから」
彼の声音が面白くて、ついふっと笑ってしまった。それから携帯を取り出して、彼の方を向いて――固まった。彼に、ではなく、彼の頭越しに見えた、人に。
やばい、と本能で感じた。ただでさえ目付きが悪いのに、その目で射殺しそうな視線をこちらに投げ掛けていた。投げ掛けられていたのは、わたしか、彼か。
その人は、そのまますっと教室の横を通り抜けていく。