短編


□拝啓、嘘吐きな君へ〜第三話
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 綿飴のような声がする。
 ふわふわ、ふわふわ、わたしの名前を呼ぶ、甘くて繊細な声。

「かあさま、かあさま。秋子が育てた朝顔が咲いたんです。見てください、かあさまったら」

 かあさま。
 しゅうこ。

 ゆっくりとまどろみから引き上げられる。寝ぼけた頭が、現実を読み込む。
 ああ、そうか。
 六条にお嫁に来たのがつい最近に感じるけれど、本当はもう何年と経っていて、朝顔を自分で育てられる娘がいる。
 何の気なく寝返りを打つと、優しく頭を撫でられる感触。
 秋子の柔らかい、小さな手の感触ではなくて、細い、筋ばった大きな手。

「秋子、父さまには見せてくれないの?」
「かあさまに見せてからです。ねぇ、かあさま、起きてください」

 秋子とひふみさんの声が頭上で飛び交っている。楽しそうなひふみさんの声。うつらうつらしながら、ひふみさんは子煩悩なんだから、と思う。
 ひととおりひふみさんとの会話をした秋子が、部屋から出ていく気配。

「――美津、起きてる?」
「……ねてます……」

 わたしの返事にくすりと笑ったひふみさんは、秋子がこの場からいなくなったのをいいことに、わたしの額に口づけを落とした。

「そろそろ起きてあげてね。お姫さまがご機嫌ななめになるから」




 

*第三話*




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