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僕たちは、気付かない振りをしていた。
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それはそれは優秀な魔女。

このホグワーツ内で、
最も聡明で勇敢で、そして温かな優しさと微笑みを持った少女。


名は、
ハーマイオニー・グレンジャー



栗色の、緩くウェーブしたロングヘア、
長いまつ毛に縁取られた猫のように大きな瞳、
珠のような白い肌、桃色の唇、スラリと伸びた手足。


その整った容姿と比例するように明晰な頭脳と、類まれなる行動力と決断力。

いつだって凛とした姿勢を崩さない彼女は、
誰からも頼られ、好かれていた。





セブルス・スネイプは、それが気に入らなかったのだ。

ホグワーツで魔法薬学教授という立場にある彼は、同時にスリザリン寮の寮監でもあった。

元々、ハーマイオニーが所属するグリフィンドールと彼のスリザリンは敵同士。

過去の因縁もあり、セブルスが敵寮の生徒であるハーマイオニーを邪険に扱うのは不思議なことではなかった。



しかし最近、その嫌悪する態度が尋常ではないのである。






「…Ms.グレンジャー、授業後研究室に来たまえ。」

特に何があった訳でもない。至っていつも通りの授業だった。
先日課題として提出したレポートも完璧に仕上げた自信があったし、
授業外で規則を犯したり、
減点になるような事はしていないはずだ。

それなのに、何故?

ロンやハリーに哀れみの言葉を掛けられながら、セブルスの研究室へと脚を運ぶハーマイオニー。
頭をどう回転させても答えを出せないまま、彼女は地下室にたどり着いてしまった。


コンコンコン、

マナー通り、扉を軽く3回ノックして、中に居るはずの薬学教授の返事を待つ。
「入りたまえ」と、なんとも無愛想な声を聞いてから、彼女は静かに扉を開けた。


「失礼します」

メゾソプラノの凛とした声が、似つかわしくない無機質な部屋に響く。
別段オドオドした様子もなく、いつものように毅然とした態度でセブルスの前に立つハーマイオニー。

そんな彼女を見ながら、
セブルスは忌々しそうに眉間に皺を寄せた。


「Ms.グレンジャー」

低い低い声で、セブルスは、まるで脅すかのようにその名前を呼んだ。
はい、と目線だけで返事をしたハーマイオニーは、未だにその凛とした姿勢を崩さない。

セブルスはまた一段と眉間の皺を深く歪めた。


「君は実に優秀な生徒だ」

と、言う割りには嫌悪感の詰まったような表情をしている。

台詞とは裏腹のセブルスの表情をその大きな瞳で見つめているハーマイオニーは、スッと眉を顰めた。

どう聞いたって、褒め言葉には思えない。
どう考えても馬鹿にしているようにしか聞こえない。


「先日提出された君のレポートを読ませてもらったのだが」

セブルスの手元には確かにハーマイオニーが提出した課題が握られていた。

彼女が不思議そうに首を傾げているのを横目に見ながら、セブルスは言葉を続けた。


「参考著書の『毒薬・麻薬大全集』は一体どこで手に入れたのかね?」

ハーマイオニーの肩が、ピクリと揺れた。
同時に冷や汗が彼女の背中を伝う。
どうしたものか、と一瞬だけ考えて、彼女は出来るだけ冷静に言葉を返した。


「…図書室です」
「ほう、図書室か。」
「はい」
「…だがこの本は、閲覧禁止の棚にあったものではないのかね?ん?ハーマイオニー・グレンジャー」

みるみると声色がドスの利いた冷ややかなものになっていく。

バレた。考えが甘かった。

閲覧禁止の棚の隅にあるような本を選べばスネイプにも分かりはしないだろう、と高をくくって持ち出したその本。
ハリーの透明マントを借りて、夜中に調達したものだ。


頭の中でどんな言い訳をしようか悩んでいるハーマイオニーを貫く、漆黒の瞳。
追い詰め、尋問するかのようなその眼差しを見た途端、
彼女は、この男に対する嘘や言い訳がどれほど無意味なものかを知った。


「…すみませんでした」

自分の否を認め深々と頭を下げるハーマイオニー。
その上から容赦なく降ってくるのは、「20点減点」という冷酷な言葉と、


「そして君には処罰として1ヶ月、我輩の薬品庫の掃除をしてもらう。
よろしいな?Ms.グレンジャー」

罰当番を告げる低い声。


「はい…」

顔にこそ出さなかったが、内心、かなりほっとしていた。
閲覧禁止の本を持ち出して、減点がたった20点で済んだのは不幸中の幸いだ。
もちろん罰当番付ではあるけど、それにしたって安いものだ。50点は減点されるものだと思っていたのだから。


しかし、相手はあの減点教授セブルス・スネイプだ。

掃除途中に薬品をちょっと零しただけでも減点対象にするだろう。
きっと、完璧にやらなければ帰してはもらえない。もちろん、手を抜くつもりなどはないが。



ハーマイオニーは、セブルス・スネイプをそれほど嫌悪している訳ではなかった。

強いて言うなら、「苦手」なのだ。

魔法薬学はとても興味のある分野だし、生徒嫌いの彼の出す課題はどれも難しいものだから、否が応でも熱が入る。

彼は、ほとんどのことを知っていた。変身術も、もちろん薬学も、あの、闇の魔術ですら。
時折彼が見せるその博識さには、ハーマイオニーも閉口するしかなかった。

だから実際、彼女はアルバス・ダンブルドアの次に付いてしまうくらい、セブルス・スネイプを尊敬しているのだ。

それでもハーマイオニーが彼のことを好きになれないのには、理由があった。

その、眼差しだ。
まるで孤独の最果てに居るような、人を寄せ付けない瞳。
常に他人から自分を遠ざけ、嫌悪、もしくは、嫌悪しているかのような彼の目。

だけど、生徒に対して抱いているように見せているそれが、大概は偽りであることを、彼女は知っていた。




(…愛されたくない理由でも、あるのかしら)



セブルスの研究室を後にしてからも、
ハーマイオニーは目を細めて考えていた。


それが今後、彼女を酷く悩ませることになるとしても、
彼女は、彼のあの瞳を思い出さずにはいられなかったのだ。






To be continued…

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