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あの日君にもらったチョコレートの味を、僕はまだ憶えてる。
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ルーピン先生とトンクスが結婚したと聞いたとき、
私は確かに「おめでとう」と言って笑った。

あの時は、ただただ驚いていた。

2人とも私たちの前でそんな素振りを見せたことはなかったし、
いつだって一定の距離を保っていたように見えた二人がいつそういう関係になったのか、私は知らない。

私は、何回もおめでとうと言った。
トンクスにも、先生にも。本当に何度も何度も。
そうしていないと、泣き出してしまいそうで怖かった。

だって今でも、先生のことが大好きだから。










私は、騎士団本部の暖炉の前のソファに座って先生のことを考えていた。

いつだって思い浮かべてしまうのは、
初めて会った時にもらったチョコレートと、
疲れたような、でも、優しくてあたたかい彼の笑顔。

あまり好きじゃなかった防衛術の授業も、彼のおかげで好きになれた。得意ではないけれど。

ソファから見えるダイニングでは、
トンクスがハリーやロンを笑わせていたり、
フレッドとジョージが悪ふざけをしていたり、
ジニーとモリーがお菓子を作っていたりで、とっても騒がしかった。

みんな楽しそうに笑ってる。

私はうまく笑えないけど、誰もそれに気付かない。
だけどそれは、私にとっては都合のいいこと。
こんなに幸せな空間を、私の悩み事なんかで曇らせたくない。

手元の本に読みふけるフリをして、私はまた視線を落とした。


ルーピン先生は人狼だ。
私がそれに気付いたとき、本当に何とも思わなかった。
それを恐れなかったのはすごいことだと後でシリウスが言っていたけど、

怖がらなかった理由なんて、ほんの、些細なこと。

私はただ、彼を愛していた。愛しているから、恐れなかった。

それはきっと、トンクスも同じ。


同じ、だからこそ。
彼女は先生と結婚することを望み、それが叶った。

きっと、私とルーピン先生が出会うずっと前からトンクスは彼のことが好きで
先生は、私が先生のことを好きになるずっと前から、トンクスを愛していたに違いない。

共に過ごしてきた時間の長さが、彼女と私の決定的な“差”だった。

だってあの頃私はたったの12歳で、あの人は学校の先生。
ふたまわりも年の離れた生徒のことなんか、彼が気にするはずがない。


好きになってはいけない人を好きになってしまったことは分かっていたけど、
こういう形で現実を突き付けられるのなら、いっそ、先生にこの気持ちを伝えておけば良かった。

それだけが、唯一私の心に引っ掛かって離れない。



愛していると伝えたいのに


ほんの少しだけ、勇気が足りなくて。





「やぁ、ハーマイオニー。浮かない顔をしてるね、どうしたんだい?」


そんな言葉を私に向けて隣のソファに座ったのは、紛れもなく今頭の中で思い描いていた人。

私は驚いて先生の顔を見上げたけど、恥ずかしくなってすぐに視線を外した。


―まさか、気付いてくれるなんて。

沈んでいる私に声を掛けてくれた。
たったそれだけのことなのに、何故かとっても嬉しくて
いつもより少しだけ疲れたように見える優しい笑顔を見た途端、
今まで溜まっていた黒い淀みが、すっと流れていくような気がした。


やっぱり私はこの人のことが大好きなんだなと、改めて思わされてしまったのが悔しい。


そんな笑顔を見せてくれるから、いつまで経っても諦めきれなくて。ずっと、先生の優しさに甘えて。




「…先生。ご結婚、本当におめでとうございます」


泣きそうになるのを必死で堪えた。

だけど、明るい笑顔を作れた自信はない。


「ああ、ありがとう。もう君からは100回くらい同じ事を聞いた気がするけどね」

貴方がとっても幸せそうに笑うから、私はとっても泣きたくなる。

その笑顔が残酷すぎて、心臓を突き刺す鋭い杭のように容赦なく私を襲う。



― ずっとずっと、貴方のことが大好きでした。

こんなことを言っても、貴方は困ったように笑うだけなのだろうけど。



「…ハーマイオニー、」


彼はゆっくり、本当にゆっくりと私の名前を呼ぶ。


「…君が何故泣いているのかは分からないけれど、
チョコレートを、食べるといい。少しは落ち着くだろうから」




差し出されたそれを、涙を拭うこともせずに受け取った。



彼は静かに微笑んで、一度だけ私の頭を撫でた。




仕事があるからと席を立つ彼の背中を見ることがどうしてもできず、私はただただ、涙を零す。








― チョコレートをかじった。



鈍い甘さが口の中に広がった。








あの日、貴方にもらった最期のぬくもりは



生涯、私の記憶から消えることはない。










E N D





/(^0^)\ツマンネ

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