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□続ロリータ・コンプレックスのススメ
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「セブルス、ひとつ聞いてもいいかい?」
砂糖とミントティーをスプーンで混ぜながら、リーマスは口を開いた。
楽しそうな声だった。
時計の針はもう25時を示している。
本部に居るほとんどのメンバーは寝静まったが、どういう訳か男3人だけはダイニングで紅茶を飲んでいた。
セブルスは、砂糖を6つも入れるリーマスを半ば軽蔑の目で一瞥してから、
彼の続きの言葉を待った。
「昼間、ハーマイオニーに言っていたことで気になったことがあってね」
その名前がリーマスの口から出てきて、眠そうにしていたシリウスがピクリと肩を揺らした。
セブルスはそれを見て不機嫌そうに眉根に皺を寄せる。
「君は、彼女の進路に“東洋の魔法薬”が役立つだろうって言ってたけど
ハーマイオニーは将来どんな仕事に就きたいんだい?」
彼はあの貴重な本をハーマイオニーに手渡したときのことを聞いているらしい。
あのときセブルスは確かにそのようなことを彼女に言っていた。
「ああ、私もそれが気になっていたところだ。ありがとうリーマス、手間が省けたよ」
さっきの眠気はどこかへ飛んでいってしまったようで、
シリウスは嬉しそうにリーマスに笑いかけながら、紅茶を啜った。
だが、セブルスだけは浮かない顔をして頬杖をついている。
その眉間にはさっきよりも数倍、深く皺が刻まれていた。
「…そんなこと貴様らに教える訳がなかろう」
ポツリと呟くようにそう言った。
セブルスは、彼女の希望する進路をどうしてもこの2人に教えたくなかったのだ。
特に、リーマスには。
理由は単純だ。
彼女が成し遂げたいと思っている事を口に出した瞬間、
リーマスがこれ以上ない笑顔で、嬉しそうにはしゃぎ始める気がするからだ。
あるいは、次の日にハーマイオニーに抱きついてしまうかもしれない。
いずれにせよ彼を喜ばせることになるのは明確である。
何が悲しくて学生時代の敵を喜ばせなくてはならないのだと思っているセブルスが口を結びたくなるのも無理はない。
「―あら。先生方、まだお休みにならなかったのですか?」
不意に聞こえた柔らかい声。
突然のそれに、男3人の心臓がドキリと高く鳴った。
声をした方を向くと、3人が思い描いていた人物の姿があって、
ますます胸が躍る。
「やぁハーマイオニー、まだ起きていたのかい?」
平然を装って声を掛けるシリウス。
その横でリーマスはニコニコと笑って、
セブルスだけが、大きくため息をついていた。
「ええ。
昼間、スネイプ先生に貸していただいた本がとても面白くて、
つい読みふけってしまったの」
少し疲れたような声だが、
ハーマイオニーは心底楽しそうに笑った。
その笑顔ひとつで、男だけだったむさ苦しい空間が一気に華やぐ。
彼女は、
リーマスが昼間に言っていた、魅力的、という言葉が本当に似合う女性だ。
セブルスは柄にもなくそんなことを思って、それから口を開いた。
「君ならあの本を気に入ると思っていた。
非常に勉強になるであろう?」
「はい、とっても!
私の持っている知識なんて一握りにも満たない程度だと、今更ながら気付かされました。」
「うん、自分の力量を知ることはとても大事なことだよ、ハーマイオニー。
井の中の蛙で終わってしまわないように、広く世界を見渡す必要があるからね」
今度はリーマスが彼女に微笑みかけた。
セブルスはリーマスを睨み、
シリウスはハーマイオニーを見つめる。
「はい、先生。進路を実現する為にも頑張ります」
「進路?ハーマイオニーは将来どんな仕事に就きたいんだい?」
さも、今までそのことには興味はありませんでした、というような口調でシリウスは訊いた。
白々しい、と思いながらも、セブルスはハーマイオニーに紅茶を入れる為に席を立つ。
あまり他人に自分の夢を語るのは慣れていないのだろう。
彼女は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
それから少し考えるような素振りを見せて、やっと、決心したように唇を動かし始める。
「―…私、将来、完全な脱狼薬を作りたいんです。
心だけでなく、姿も人間のままに保つ薬です。」
ハーマイオニーが話し始めると、いつでも疲れたような顔をしているリーマスの顔が輝いた。
それと同時に、セブルスが彼女の進路を教えたがらなかった理由にも気付く。
彼はセブルスの方を見て、ニヤリ、と得意げな笑みを浮かべた。
手元で紅茶を丁寧に注いでいたセブルスは、何かを言いたそうに口を開きかけたが結局リーマスを一睨みしただけだった。
「今の脱狼薬はトリカブトを主な原料として作られています。
このトリカブトは本来、麻薬として使われているものです。
それをベースとした薬は、麻薬にはならずとも人の身体にとって非常に負担のかかるものになってしまいます。」
真剣な眼差しで、人狼であるリーマスを見つめるハーマイオニー。
リーマスは「その通りだ」と頷いて、目の前の少女の意志の強さに目を見張る。
彼の心臓は、この中の誰よりも高く鳴り響いていた。
今まで出会った大勢の人々の中でハーマイオニーは他の誰よりも、
彼の状況を前向きに受け入れてくれている気がした。
「だから私は、できるだけ人体に害の少ない薬を作りたいんです。
何十年の時間が掛かろうと、絶対に作り出して見せます。
もう、ルーピン先生のような優しい方が、人狼だからと蔑まれるところは見たくない」
大変ね、と言うだけでもなく、
傍に居てあげる、と笑うだけでもなく、
現状を少しでも改善する為の方法を見つけ出そうと、たゆまぬ努力をしてくれる。
「ありがとう、ハーマイオニー。
私だけの為じゃないと分かっていても、本当に嬉しいよ」
彼が笑うと、彼女も笑った。
夢を語った恥ずかしさの中に、確かな強さを秘めた笑顔。
(嗚呼、この笑顔の為ならば。)
(私は、この身を捧げることだって惜しくはない)
「君が卒業して研究を始めたときには、是非私を呼んでくれ。
こんな身体で良ければ、どんな薬だって試すから。」
ありがとうございます
そう言って栗色の瞳を細めた少女が
数年後に夢を実現させるのは、
また別のお話。
E N D
後半セブルスとシリウスが空気化してる件についてw