トリコ☆

□行きずり
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*鉄平視点


まだ自分の欲望ばかりでいっぱいでおかしくない年頃の少年が命がけになる男がどんな奴なのか少し興味はあった。

そう、少しだけ。

それはトリコの腕の治療に付き合ってドタバタしているうちに忘れてしまうくらいささやかな好奇心だった。

「その節はうちのが世話になったみたいで、ありがとう」

こうやって目の前にその男が現れるまではすっかり忘れていたんだ。

「いやオレは大したことはしてないよ」
にこりと笑い返しながらオレはこの偶然の出会いに忘れていた好奇心が最初よりずっと大きくなっていることに戸惑っていた。

だって…

あまりにも想像とかけ離れていたから。

軽く聞いていた話から想像していたグルメ騎士のリーダーはもっと年上だと(少なくともオレよりは)思っていたし何だか今にも死にそうな感じなのかと勝手に思っていたから。

「ん?」

オレがあまりにあからさまに見ていたら首を軽く傾げたその上の顔色は良好そのもので後ろで編まれた長い黒髪も男のものとは思えないほど艶やかだ。

オレと大差のない長身に服の上からでもわかるしなやかな身体、彼は想像よりずっと整った男だった。

だけど見た目以上にオレはその気さくさに驚いていたのだ。
こうやって今初対面を決め込んでいるのも向こうから声をかけてきたなのだ。

まぁ緑色でリーゼントの髪なんてそうそういないし滝丸少年から話を聞いていたら街中で見かけたらすぐそれとはわかるだろうけれど。

「オレの顔に何かついてるのか?」

あごに指先を当てひたすらまじまじと見つめるオレについに少し怪訝な表情を浮かべる彼にしまったと慌てて両手を振って否定の形を作って見せた。

「ああごめん、ちょっと想像と違ったから…いや悪い意味じゃなくて」

素直にそう詫びれば目の前から怪訝な気配はすぐに消えた。
「がっかりしたか?」
にやりとそう笑う顔は第一印象の落ち着いた雰囲気が少し解けていたずらっ子のようだ。

「滅相もないです…」

両手をかるく上げて見せたが実際本当にお手上げだと感じていた。

ちらちらのぞく新たな表情に他にはどういう顔をするんだろうか、と次から次へと湧き出す好奇心に気がついたら二人で会う約束をとりつけていた―…


******************

初めてだからこそアルコールでも入った方が気楽なんじゃないの?とか思ったオレがバカだったのかもしれない。

いやそもそも2人で会うって何なの?
待ち合わせ妙にそわそわしちゃってるオレ何なの??

なんて。

考えてたあれやこれやがバカバカしくなるくらい楽しかった。

再生屋のオレと自然のままに生きる彼とは考え方も違うし話なんかあうのかな…なんて不安もすぐに消えた。

オレの話す内容にうたれるやわらかな相づちが心地よくていつも以上にたくさん話して飲んだ。

飲んだ。

飲みすぎた―…


*****************


喉の乾きに目を覚まして首をめぐらせればシーツを飾るように散らばる長い髪やベッドの下に脱ぎ捨てられた衣類にオレは出そうになった大きなため息をなんとか飲み込んだ。

忘れた訳じゃない。
だって何度か正気に戻ったんだから。

昨夜、この、ベッドの上でだって―…

上半身を起こして隣の見事な黒髪の主に目を向ける。

髪に隠れて表情は伺えないが薄く開いた唇から漏れるかすかな寝息がぐっすり眠っていることを教えている。

その顔が見たくてそっと髪を分けると閉じられたまぶたがぴくりと動いた。

「ん…あさ…?」

「ああ、うん…おはよ。」
解かれた髪のせいか開ききらない目のせいか寝起きのその表情はどこか幼く見えた。

「まぁ正確にはもうすぐお昼だけどね」
オレがそう付け足すと目の前から黒髪が消えた。

バタン、
とシャワールームのドアが勢いよく閉まってオレがのろのろと自分の服を拾いきった頃にはソープの香りが目の前を横切った。

「何?用事??」

水の入ったボトルを差し出しながらそう聞けば彼は一気にそれを数口飲んでオレに返した。

「仲間と昼に合流することになってんだ…あと30分」

そう言いながらまだ乾ききらない髪を結い始めた彼のために拾って置いたゴムを渡した。

もっとこう気まずいのかとか、逆に何か甘いものを想像してたのは何だったのか、バタバタしててまるでオレどころではないらしい。

「悪い、先出るわ」さっさと身支度を整え、だけどちゃんと申し訳なさそうな顔をしてドアを開ける彼にオレは一瞬ためらってから声をかけた。

「…あのさっ!」

黒い三つ編みが翻る。

ベッドに座ったままのオレは少し上目がちになりながら頭に浮かんだいくつかの言葉からそれ、をたぐった。

「また、会える?」
昨日はごめん、とかそんな野暮な言葉はきっと彼には必要ないから。

案の定一瞬軽く見開いた目を細めて口元に綺麗な弧を描いて見せてくれた。

「ああ、またな!」
軽やかに閉まるドアと遠くなる足音と最後の言葉が何度も耳に響く。

ああ、
やらかしてしまった。

オレは

恋をしてしまったようです―…

それも考えるまでもなく前途多難な。

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