ひらこ小説

□狂華
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たたたたたっ。

5番隊隊舎の廊下を、一人の男が走っていた。
宵闇も深まるほどの時刻だったが、男には今日中に届けねばならない書類があった。



もうあの人は寝てしまっているだろうか。
起こしてしまうかもしれない。
…よく考えてみれば、今、隊首室に居るのはあの人だけだ。
思わずニヤリとしてしまう自分の頬をたたく。

あの角を曲がればすぐに隊首室につく。

「………?」

足を止める。
何かの鳴き声がした気がした。
耳をすましてみると、空耳でないことがわかる。


なんだ―…?

鳴き声に感じる違和感。

これは鳴いているというより―…


『ふ…ぁあっ』

これは―…


「平子…サン…?」

鳴き声は、聞き覚えのあるあの人の声だった。

足が石になったように動かない。背中を冷や汗が伝う。

頭に血がのぼってくる。

あの人に触れている奴がいる。あの人を汚してる奴がいる。あの人を乱れさせてる奴がいる。あの人をあの人をあの人をあの人を

犯、して、いる、や、つ、が、





許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦せない許せない赦されない







殺 て

し や









ふと、鳴き声がやんだ。
ゆっくりと、ゆっくりと隊首室に近づく。

障子に映る影。とろりとした豆電球の灯りが漏れている。
情事の臭いがした。



す、と障子が開く。
中からでてきたのは


五番隊副隊長
藍 惣 介
染 右


いつもの人当たりの良さそうな雰囲気はなく、冷たく威圧的な雰囲気のどこか狂った顔をしている。
彼は僕を一瞥すると、勝ち誇った表情を浮かべ、立ち去ろうとした。

「お 前 は」

僕は後ろから彼の首をつかんだ。ぎりぎりと締め上げる。



「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」


我を忘れたように叫ぶ僕とは対照的に、彼は薄笑いを浮かべている。


「悔しいんだろう?」


一言。

気づくと、彼は目の前に立って、僕を見下ろしていた。


「貴男に、隊長は奪えませんよ」

そう言い残すと、藍染は音もなく消えた。


「待っ…!!」

「き…すけ…」

藍染を追いかけようとする僕の死覇装の裾を、あの人が掴む。
掠れた弱々しい声で僕の名を呼ぶその人は、消えてなくなってしまいそうに見えた。


「平子サン…」


その人の体には無数の印がついていた。


「アホ…………来るのが……遅いっ…ちゅう…ねん…」


その人の頬の涙の道を熱い液体が伝う。




横たわる白く傷だらけの細い肢体は、美しかった。
何故だろう。自分の中に黒いドロドロとしたものが湧いてくるのを感じた。






憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい憎いニクい










この人は、僕以外に泣かされた。この人には他の男の印がついている。この人は他の男に乱れた姿を見せた。この人は



他、の、男、を、受け、入、れ








僕は平子サンの頭を鷲掴みにし、床に叩きつけた。


「…かっ…は…?」


平子サンの泣き腫らした目が、大きく見開かれる。

「…ッな…」


それから素早く彼の首を締めあげる。
彼の両足が宙に浮く。支えを失った彼の脚は必死で地面に着こうと動かされる。
彼の口が酸素を求めてぱくぱくと開閉する。金魚みたいだ。
苦しそうな彼を見て、自分が酷く満たされているのを感じた。自分はこんなにも渇いていたのかと自覚する。

「喜、助…ぇ」

もう枯れてしまったであろう涙は、彼の目から流れなかった。

「平子サン、言って下さい。貴方は、誰の物ですか」

平子には理解できなかった。何故皆、自分を物扱いするのか。仲が良いつもりでいたのは、自分だけだったのか。

いつの間に、どうして。

「…ぁ、う」

舌が上手く回らないらしく、彼の大きな口が、よくわからない事を口にする。

「そうスか」

勝手に解釈して、首にかける圧力を大きくする。
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