ひらこ小説

□裏側の世界
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伸ばした手を、握り返して欲しかった。
抱き締めた背を、抱き締め返して欲しかった。

そう思ったときには、もう。

























俺は、眠っていたらしい。どれくらい眠っていたのか、どうして眠っていたのかは分からない。教えてくれなかったから。
俺の胸にはいつも、何だか分からないしこりがあったけど、お前を哀しませたくなくて、黙っておいた。







「平子サン、おはようっス」

隣で眠っていた『彼』が目を開けたから、頬に手を添えて、話しかけてやる。

「ん…あぁ、お早うさん」

声も、口調も、姿カタチも、霊圧も、何もかも、貴方だった。
当然だ。
僕の創った僕の物なのだから。
愛しい、愛しい、僕の『貴方』。



『彼』は眠そうに目を擦る。二度寝してしまいそうな雰囲気だ。

「平子サぁン、もう朝なんスから、寝ちゃ駄目っスよ〜?」

言って、瞼を、目を、直接舐める。充血していくが、気にしない。薄い塩味が、口に広がって心地よい。

「や…めぇ、て…痛、」

痛いと言いながら、『彼』は悩ましげな吐息を漏らす。
感じているのに気を良くして、寝間着のシャツのボタンに手を掛けた。

―がんっ

「痛い!」

白い拳に、頭を殴られる。

「もう、何するんスかぁ…」

「やめぇ言うてるやろ!」

目を押さえて涙で濡らす『彼』。やっぱり美しい、

不意に、ずきりと胸が痛む。遠い昔に忘れたはずの出来事が、頭をよぎる。
彼は、今頃どうしているのだろうか。
考えた自分の頭を、思い切り叩く。ぶんぶんと頭を振って、忘れさせるようにした。


何を考えてるんだ。僕には『彼』が居るじゃないか。




「喜助、」

何か言おうとした『彼』の唇を自分の同じもので塞いだ。

『彼』の綺麗な噛み合わせの歯が誘うように少し開いたから、舌を入れて裏側を舐めあげてやる。
再びシャツのボタンを外そうとしたら、今度は大人しく僕の首に手を回してきた。

「平子サン…」

熱い吐息で囁くその名は、一体どちらのことなのか。自分でも分からない。僕が自ら彼を捨てた。『彼』を選んだ。
それなのに、この空虚な気持ちは何だろう。



僕が創った『彼』は、藍染の記憶を持たない。僕が持たせなかったから。
造られた偽りの記憶と、創られた残酷な程に精巧な躯。
『彼』は、僕以外を認識出来ないのだ。
愛しかった筈の貴方は今、無垢で真っ白で、壊れた姿で目の前に居る。


頬に触れた『彼』の冷たい指先の感覚で我に返った。

「喜助…」

僕の名しか呼ぶことは叶わないその口は、優しい貴方の響きで僕の目尻に触れる。
いつの間にか僕は泣いていたらしい。何故、涙が出たのかも分からない。僕は彼と一緒に僕自身も捨ててきてしまったのかも知れない。
僕の涙をぺろり、と舐めた舌が、言い様もなくいやらしく見える。
『彼』が僕を見つめる目は、果てしなく綺麗で、澄んでいて、真っ直ぐで、僕は気圧されたように身を引いてしまった。

「大丈夫っスよ、そんな顔しなくても」







宥めるように触れた肌はやはり、怖い程に冷たかった。

それでも今日も、自分の内の蓋を感じながら、『彼』に優しく手を伸ばすふりをした。































喜助が泣いている。理由は知らない。知る必要も無いから、知ろうとも思わない。

でも、泣いている姿は見たくなかった。名を呼ぶと、笑いかけてくれる。
それだけが、俺の生きている意味だった。なんて単純。
でも、本当にそれ以外に俺には何も無い。





俺の内のしこりは、日ごとよりももっと早いスピードで、俺を破裂させそうなくらい大きく膨らんでくる。

本当は怖い。怖くて仕方がない。でも、どうしようもない。

喜助が俺に触れる。慈しむ様に触れる手がもどかしい。
堪えられない。


俺は、お前が良かったら他には何も要らない。必要ない。

だから、好きなように傷付けてくれて構わないのに。何なら殺してくれてもいい。
お願いだから、そんなに俺のことを想わないで。


苦しい。苦しい。苦しい。


お前を苦しめたくない。哀しませたくない。
そう思うのに、俺の中の何かが、蠢いて俺を締め付ける。

「ぁは、あ…んン、」

喜助の手が俺の敏感なところにたどり着く。
自分を他人の様に感じながら、快感に身を委ねる。

一体何時まで、俺は俺に気付かない振りをしていくんだろうか。
























禁忌を犯した僕達への罰は、あまりにも残酷な裏側の世界だった。
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