ひらこ小説
□瓶詰めの空
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『知っとる、知っとるぞ!お前はあの男を愛しとったんやろ!愛さずにはいられんかったんやなァ。それなのに裏切られて、』
肩がびくり、と反応するのが自分でも分かった。金の色彩のない己の言葉が刃となって胸に突き刺さる。
『ホンマ、可哀想な奴やわ』
瞬時に移動して、己の首に刃をあてがう。薄い皮が切れ、白い肌に紅い一筋の線が刻まれても、己は冷めた目で俺を一瞥しただけだった。
「や、かましねん…黙っと、き」
『はてさてお前は俺を殺せるんかなァ?』
ずい、と真っ白な自分の顔が目の前に来る。
『知っとる。お前は俺を殺すことなんぞでけへんのや』
己は長い髪をなびかせて、後ろに高く跳んだ。
『お前はアイツのことも殺せんかった。そない甘ちゃんのお前が、まして自分のことなんぞ殺せる訳が…』
―ざく。
ぱらぱらと、金色の細く滑らかな糸の束が舞い落ちる。
『な、何…やっとるん』
「はっ、俺はもう、あの日の俺やない。俺はもう、」
『な…!』
「お前やないんや、五番隊隊長!!」
―ざく、ざくざくざく、じゃきん!
ざんばらになった自分の頭を振り乱して、もう一度刀を構える。
「これで、しまいや」
『お前…っ!』
地面を蹴って、飛び立つ。
そして。
「さいなら、」
刀を一閃させて、己の身体を縦に切り裂いた。肉を斬る嫌な感触と、降り注ぐ生暖かい血液。
それでも瞳の光は失わないと、あの日決めた。
「お前の方が可哀想や…いつまでもアイツに捕われて、取り残されとる」
俯いていると、ふ、と周りの景色が正常に戻る。おかしな空間は消え失せ、目の前には喜助が紅姫を手に、立っていた。
「平子サン、おめでとうっス〜。虚化、マスターっスねェ。あれ、平子サン、髪が…」
少し驚いたように、でも本当に哀しそうに言う喜助の最後の台詞を無視して応える。
「まだめでとうない。保持訓練もしとらんやないか。それに他の奴の内戦闘も終わっとらん」
そしてもう一つ。
まだ、アイツを過去に取り残した儘だ。
約束する。
俺が、必ずお前を救い出したるから。
せやから、
今は只、俺に身を委ねて。