ひらこ小説

□紅茶色の毒
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僕が貴方に惹かれたのは、何をされても曇ることのないその瞳に魅せられたからだ。
美しい、決して濁ることのない2つの紅茶色の宝石が、鈍い色へと変化してしまうその瞬間を見たかったからだ。
でもやはり、貴方は最期まで光を失うことをしなかった。踏み付けても、組み敷いても、縛り上げて吊し上げても。
殺してしまいたい程に求めたソレに、僕は今でも手を伸ばし続けている。














右手と右足に1つずつ戒めを付けて、囲っておく。
動こうとしない貴方を横から蹴って転がしても、貴方は抵抗しなかった。
その透き通った瞳が、僕を射る様に睨む。未だだ、未だ、未だ貴方は活きている。

どうして消えてくれないんだ。

幾分か痛めつけた後、僕は飽きたように部屋をでる。

つまらない。実につまらない話だ、馬鹿らしい。しかし、そう思いはしても、2日と日が経過しない内に、僕は又此処を訪れる。
それはきっと予測なんかではなくて、単に運命レコードの一部に記された、決まり切った事なのである。

依存性の高い貴方のその紅茶色を見ないことには、僕の渇きは潤されない。


熱い液体を直接胸に流し込まれた様な感覚にはもう飽きた。
僕はただ、冷たく凍り付いてしまう程の痛みが欲しい。
いつも貴方を痛め付けて壊そうとしながら、本当は僕を痛め付けて欲しいと願っている。
そう言えば、きっと貴方は心底穢らわしいモノを見る目で僕を見るのだろうけど。














貴方に触れるのを止めてから、何年が経つだろうか。
浦原喜助が創ったもう1人の「貴方」は驚く程貴方にそっくりで気持ちが悪い。
本当は声を聞くだけで吐き気がする。
それでも僕はいつも通りに振る舞い続ける。「貴方」が貴方のことも知らずに貴方として生きているから。
貴方の居場所は、最早僕と共に在る事しかなくなった。
チェックメイトだ。
けれどそれは思い描いて夢に迄みていた感覚とは全く異なるものだった。その感覚が何なのか、今の僕にはもう分からなく為ってしまていた。






扉の向こうには、「貴方」とは似ていも全く違う、愛しい貴方が居る。僕と貴方を分かつ、極楽への扉と見せ掛けた奈落への道は、いつも静かに、静かに開く。まるで其処には境など存在しないかのように。

「こんにちは、平子隊長」

状況とは全くもって不釣り合いな程の他愛ない台詞を吐く。
すると貴方はいつもの様に僕を見上げて擦れた声を絞りだすように言うのだ。

「は、藍…染っ…!」

訪れる度に、貴方は上ずった様な声で僕の名を呼ぶ様に為った。
これもあの科学者の作ったモノのせいかと思うと、今度こそ本当に吐きそうになる。

それでも貴方の目は未だ光を灯していた。

それだけが僕の救いであり、また、落胆する日々の理由でもあった。
貴方を穢したい、光を奪いたい、けれど貴方がそんな姿へと成り果ててしまえばきっと、僕は貴方を求めなく為ってしまう。


そう為ってしまうことを、僕は望みながら、望まないことを望む。
矛盾が矛盾を呼ぶような自分の心中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて誤魔化すのは、軽い快感だった。
自分がやっていることに疑問を持ちながら、同時に可笑しな確信をもって、僕は進んでいる。

壊れたくるみ割り人形の様に為ってしまった僕は、今の貴方にはお似合いなのかもしれない。

ずっとこんな風な混沌とした生温い時が続けばいいと願っていた。




それでも時はあくまで僕の味方に為ってはくれないらしく、天の川の水流の如く過ぎ去って行く。
もうすぐだ。
もうすぐ、僕は「貴方」を消し去るだろう。
一思いに、何の躊躇いも持たずに。
何故なら、これもまた、予言の様な確かな未来だからだ。

そして、その後に貴方も、僕のこの手で消す。燃えるように綺麗な焔で彩られながら消えていく貴方はどんなに美しいだろう。

それ迄貴方は光を保ち続ける事ができるだろうか。
どちらにしても、行き着く先は同じだろうが。










消えゆく世界に貴方は勿体ない。せめて貴方の最高の最期を、神になる僕の瞳に焼き付けておこう。
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