こころ
□せんせいのこころ
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先生は、何時も私で無い誰かを、想っている。
口付けを交わしても、
抱き合っても、
そのこころは、ここにあらず、だ。
初めは、奥さんだと思っていた。
普通に考えればそうであるし、何しろ先生は奥さんを大事にしていたので、私にはそうとしか思えなかったのだ。
そもそも、そうで無いなら、結婚などしていないのだろうから。
仕方ないと思っていた。
奪ったのは私であるのだから。私の一方的な愛であるのだから。
愛し合っている夫婦に、私が嫉妬などという、浅ましい感情を抱いてはいけないのだ。
しかし、しばらくして私は気づいた。
先生が想っているのは奥さんでは無い事に。
何故かと言われれば、私は想像だとしか答えることが出来ない。
けれど、これはほとんど確信できる想像であると私は思う。
何故なら、私は先生をよく見ているのだ。愛する者を無意識に見てしまうのは仕方の無い事だ。意識的にでは無いが、気が付けば先生を見てしまっているから、私は一番よく、先生を知っていると思う。
奥さんを見つめる先生を、何度も見てきた。
先生が奥さんに向ける目は優しい。
優しいのだけれど、ひどく寂しげでもあった。
そんな様子を見ていたから。
私と口付けを交わすとき、
私と抱き合うとき、
其の目が見ているのは先生の奥さんでは無いと、ほどなくして気づく事になったのだ。
私は頭を悩ませた。
それでは、先生がいつも想い続けている存在は、誰なのかと。
しかし、到底知り得る事は出来ないのだ。私にはそんな事を進んで聞くような精神はあいにく持ち合わせていない。
「貴方が想っているのは誰なのですか」
聞けるわけが無いのだ。
私は、自分のなかでくすぶる思いを閉じ込めて、今日も先生を抱いた。
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