拍手ありがとうございます。銀さん達の想いの一欠片をお届けします。
『狂人は夢を見るか?』
「どう思う、銀時」
何の前触れも無く万事屋に現れた男は、ただ一言不可思議な問いを投げかけ。後はただ茶を啜っているのみで。きっちりと和服を着込み、うざったい長髪を垂らしている男が一体何を考えているのか―――分からない。……年を経る度に磨きがかかるその電波な思考を読み取れてしまっては終わりな気もするが。人として。
雨が軒をうつ音がする。少しは涼しくなればいいものを、万事屋室内には重苦しい熱が澱み……常日頃より大きく開かれた銀時の胸元にもしっとりと露を浮かそうとする。
「これだからインディペンデンスディは……」
不快気に掌で煽いでも、生温い風は固形物のように纏わりつくようで。
ギッ……と錆びついた音を立てて椅子を反転させれば、窓を伝う雫。薄曇の空。……神楽が作ったのだろうか……?軒には不恰好なてるてる坊主がゆれている。
―――雨を止められなかったてるてる坊主は首をはねられるんだっけか。
そんな子供だましの言い伝えを思い出せば……よりによって墨で描かれたらしいてるてる坊主の眼からは……じわりと黒が滲み出す。
方や哀願を込めた涙に瞳を潤わせて。方や耳まで裂けた(笑っているつもりなのだろうか?)……口元。
狂った笑い。
狂った哀しみ。
狂った怒り。
狂ったてるてる坊主は絞首刑に処せられ、この上なく楽しげに踊る。
あ。
此方を。
視た―――。
途端に襲い来る既視感。
自分はあの眼を何処で見た?―――ぽっかりと空いた眼窩。うっかり覗き込めば深淵に呑み込まれてしまうであろう、あの眼。ただ絶望だけを湛えた―――光の失われた眼が。
嘲笑うように。
此方を―――。
「銀時!」
不意に頬を包む暖かい掌。穏やかだが何者にも屈しない力を秘めた瞳が銀時を見つめている。
「あ、ああ……ヅラ、か」
銀時が正気に戻ったのを確認し、桂はほっとため息をつく。
「いや、俺こそ突然妙なことを訊いて悪かったな」
玄関に向かう桂の後姿。不意によぎった幻。
……手でも貸してやろうか?銀時ィ……。
皮肉気に笑いながら手を差し伸べてくる……その瞳はあくまで優しく。
其処には確かな光があった。
どんなに凄惨な戦場であろうとも。どんなに残酷な現実が待ちうけようとも。絶えたことなど……なかった。
其処には常に光が―――。
「あ奴は頭が切れる。だが、掛け値無しの馬鹿者だ」
「だから」
「狂人なんて繊細な生き物にはなれないのさ」
第一、幼少期の我等三人に教えを授けたは一体誰だ?
ありふれた悲劇など、あの人にかかればすぐに―――ではなかったか?
外に真撰組の制服が見えるというにも関わらず。不敵な笑いを残し、現役テロリストは雨の中に出て行った。いつものように楽しげに。変わらない軽やかさで。
そうだ。電波な幼馴染には確かに彼の人から受け継いだ気質が。
それは自分も。そして……アイツも。
ならば。疑う余地は無い。
今のアイツは―――。
「……いいぜ。好きにしろよ。ただし……」
一人だけ格好つけようったってそうはいかねーからな。
俺たちを欺けるなんて思うなよ。
お前は今でも―――“夢を見ているんだろう?”
再び窓を見上げる。てるてる坊主は消えていた。
狂人は夢を見るか?の欠片