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共犯者[3]
近藤が土方と登校している際、一台のスクーターを見かけた。
そのスクーターの操縦者は後部座席に人を乗せており、その人は表情に乏しく、
控えめに眼前の男の腰に手を回しているのだった。
坂田銀八と高杉晋助だ。
急激にのぼりつめていく恐怖感。これが後ろめたさというものだろうか。
「あー、先生と高杉じゃねえか」
いささか情のこもらない声が自分を追い越したので、近藤は驚いた。
咄嗟に土方の顔を伺うと、肌寒い思いがした。
彼は後ろめたさとも、悋気の念とも違う、これこそ確信犯であるが故の、一種の開き直りとも言うべきだろうか。
成程。変に納得してしまった。
彼に嘘を平気でつき通す余裕がなければ、遠の昔にこの関係は終わっていたことだろう。
「ああ、そうだな…」
精いっぱいな応えだ。
これも奇妙な話だが、近藤は高杉に救われたのかもしれないと思った。
もし昨日の“過ち”がなければ、この状況に耐える術がなかったかもしれない。
近藤は人間というものがつくづく恐ろしくなった。
銀八が学校の駐車場にスクーターを止め、先に降りた高杉に一言二言囁いているのを見た。
一体どんな内容なのか、高杉の表情からは読み取れない。
あの二人にしか存在しない暗号なのか、それともただの業務連絡なのか。
どちらにせよ近藤には知る由もなかった。
「おはようございます」
丁度門のところで、向こうと一緒になった。
第一声は土方で、次に銀八が「おはよう」と“教師の仮面”を被り、
続いて高杉が「よお」と笑みを塗しながら“そこそこ仲の良い同級生”を演じ、
最後に近藤がその雰囲気に巻き込まれて、「おはよう」と控えめに言った。
4人の確信犯が協力して、『うわべだけの』安穏な朝を迎えた。
*
「センセ、ちょっと、待てよ…」
体育の授業だった。スポーツ大会に向けての練習らしい。
マットやらハードルやら、競技のために準備をしなければならない。
その手伝いにと、土方だけ体育倉庫に連れてこられた。
もちろん、そんなのは表向きの理由だ。
「いいだろ、我慢できねえんだよ」
「早く戻んねえと不審がられるぜ?」
「つべこべ言うな」
「はっ、それでも教師かよ、たく…て、うぁ…っ」
後ろから羽交い絞めにされ、布越しに性器を揉みしだかれる。
こんな暗がりで手を出された時点で半ばその気になっていたから、敢えてそれ以上抵抗はしなかった。
「ん、んくっ…」
「前戯は省くぞ。さっさとブチ込んだら授業だ」
この男から愛情を感じ取れた試しがない。抱いてる時くらい、優しい言葉をかけたらどうだと言ってやりたくなる。
この男にとって、自分が単なる性欲の捌け口であることは承知していたし、土方も銀八を好きかと言えばそうでもなく、
近藤との関係が退屈になったから、退屈凌ぎに付き合っているという感じだった。
「っ、おい…っ抜く、のかよ…っ」
「後が面倒だ」
一物に貫かれる感触が無くなり、物足りなさを感じたが、今は授業中だ。仕方ない。
「飲め」
もう少しで吐精しそうなのか、歯を噛みしめる仕草をして、土方の唇に限界まで怒張したものを押しあてた。
土方は素直に口を開ける。瞬間、生温くて苦いものが口いっぱいに広がった。
「う、え…」
「ちゃんと飲み込めよ」
不味い。が、何とか鼻呼吸を止めて食道に押し流した。
溜めていたものを出し切ると、ふう、と息をついて銀八は壁に寄りかかった。
「俺イってねえんだけど…」
「抜いてから来いよ。先に準備始めてるから」
「ここで自慰に浸れってか」
「嫌ならそのまま来る?」
酷い男だな。だが他人事のように思えるのは、この男が本命でない故だ。
近藤を裏切っている自分が言えた義理ではないが。
「高杉も可哀そうにな。よくアンタなんかとやってられるよ」
「………」
「俺らのこと、あいつに言ってんのか?」
「言う必要もねえよ」
吐き捨てるような物言いは、後ろめたさを感じてる風でもない。
「あんた、高杉のこと何だと思ってんだよ。俺が言うのもなんだけど、可哀そうに思えてくんぜ」
「はは、何言ってんの。可哀そう?」
気違いじみた薄ら笑いで、天井を見上げる。
「可哀そうなモンかよ…あんなに、愛してやってるのに…」
「………」
何処か一点を見つめる銀八の心情は読めなかったが、その物言いに土方はいささか戦慄を覚えた。
この男に俗に言う、人の愛し方はできないだろう。これだけは断言できる。
ああ、ならばそうか。こいつは酷い男というよりも、狂っている男、と言った方が正しいかもしれない。
だが、近藤にはない、この極度の加虐性と狂気の部分に惹かれたのも事実だ。
高杉も恐らく同じだろう。
「その証拠に、あいつは俺から離れようとしない。いや、離れられないんだ。そう言った意味では、可哀そうとも言える、か…はっ」
苦味のある嘲笑。
これは追われる側の言葉じゃない。追う者、つまり異常な独占欲を持つ者の言葉だ。
「そりゃあ、あんただろ…センセ」
「………」
銀八から笑みが消えた。
この男は少しでも興ざめしたものは切り捨てていくタイプだ。
それが高杉と何年も続いているのは、この男のほうにも、高杉に対して執着があるからだ。
否、この男の場合は、執着なんてレベルじゃないかもしれない。
「高杉を手放せねえのは、あんたのほうだろ」
「黙れ」
下りてきた視線が、土方に突きつけられる。怖い、と思った。
「先行くぞ…」
彼は倉庫にあるマットを抱えてその場を後にした。
一人になった後の静けさに馴染むと、下半身を見下ろす。
「図星だろうが…てか休もうかな、体育…」
中途半端な煽られ方をしたせいで、完全に発散するには時間がかかりそうだ。
*
P.M.6:30の帰宅。
今日はまっすぐ帰ってきたようだ。
こんなに早い帰宅は何カ月ぶりだろうか。
「飯、なに」
彼はただいまも言わず、いつもの足取りでキッチンに顔を出す。
幾ばかりかその時の表情が柔らかみを帯びている気がして、高杉はほっとした。
「肉じゃが」
「そうか」
珍しく相手の返事にじっと耳を傾けている彼の仕草に戸惑ったが、何だか嬉しくなり、自然と高杉の声音も明るくなる。
「風呂先入る」
「…じゃあ後で、あたためなおすな」
「お前も入れ」
「え?」
願ってもないことを言われて、高杉はぽかんとする。
「飯は後でいいから風呂沸かせ」
「あ、ああ…湯なら沸いてる」
「じゃあ着替え持ってこい」
相変わらずの命令口調だが、冷たくはない。
せっかくの出来たての夕飯だが、銀八がそう言うならば致し方ないと、一旦鍋の蓋を閉めた。
寝室から二人分のバスタオルを持ってくると、既に洗面所で銀八は服を脱いでいた。
高杉の様子に気づくと、脱いだ服を籠に放り投げ、
「お前も早く脱げ」
潤いのある瞳でじっと見据えられ、思わず俯いてしまった。そのまま小さく頷く。
バスタオルを畳んで洗濯機の上に置くと、自身の服に手をかける。
裸ならいつも見られている筈だが、脱衣の間、銀八の視線が痛いほどに感じ、空気にさらされた部分が強張る。
銀八が何を思って自分を見据えているのか。
無意識に露になった部分を庇い、何気なく銀八の顔を側目に見る。
「何?」
「あ、いや…」
思わず見つめ返してしまったようで、慌てて視線を床に投げた。
銀八が背後に回ってくる。
何をされるのかと身構えたが、そのまま抱きすくめられた。
力強かった。全身を食いつくされるような恐怖さえ覚えるほどに。
「晋助…お前は誰のモンだ?」
「え…?」
いきなり何を言い出すのかと思いきや、後ろ首に歯を立てられて、呼吸が張り詰めた。
「言え。誰のモンなんだ?お前は…」
「ぎ、ん…?」
銀八の肌の感触と、呼吸音と、吐息の温度。すべてが内部まで浸透してくる。
言いようのない緊迫感に、肩で浅い息をする。
耳の後ろに唇を寄せられ、返答を催促される。
何故急にそんなことを問い詰めてくるのかと頭は混乱するばかりだったが、
「銀八……の……」
喉を震わせて、小さく答えた。
本能とは違う。
特別に意識しなくても頭と身体が、この男の前ではそう答えるようにと学習しているのだ。
この男の愛撫や言葉は、脅迫に近いものを感じさせる。
「いい子だ…」
ふっと笑ったような気がした。まるでほっと胸を撫で下ろしたかのような声音だった。
拘束が解かれる。
銀八の感触が無くなると、気になって振り向いた。
高杉は言葉を失う。
この男はこんなに、優しい表情が出来る人間だったのだろうか。
彼の手が高杉の顎に添えられる。
その瞳に吸いこまれそうになったが、彼はすぐに視線を反らした。
無言のまま高杉を横切り、浴室の扉を開ける。
「銀八…?」
「背中流せよ」
「え?」
少し様子がおかしい。だが問うことは許されなかった。
「聞こえたか?」
「あ…ああ、わかった」
横顔に睨みつけられ、慌てて返事をする。
銀八はよっこらと腰掛け、高杉は桶いっぱいに湯を入れ、彼の背中にかける。
思えば、背中など流したことはなかった。
後ろから見ると、体格の良さがわかる。
肩幅の広さと、背骨の出っ張り具合、腰にかけての筋肉のつき具合。
こんなにも大きな背中をしていたのか。
だけど、なぜだろう。
向きあうと身震いするほど強大な雰囲気を醸し出しているのに、こうして背中だけ眺めると、どこか頼りなげに見えなくもない。
むしろ包み込んでやりたくなるほど、小さく、寂しげだ。
「…何してる」
この背中に寄り添ってみたかった。
どんな冷酷な人間にも情があるのだとしたら、こうしていればその部分が少しでも覗けるような気がしたのだ。
「寝ぼけてんのか」
「…そんなんじゃねえよ…」
下手なことをすれば、機嫌を損ねてまた暴力を振られるかと思ったが、余程今日は機嫌がいいのか。
彼は高杉のしたいようにさせていた。
「抱かれる、だけじゃなく…」
「………」
「たまにはこうやって、抱きしめてみたいんだ…」
「………」
自分に包まれているこの男は今、どんな顔をしているのだろうか。高杉は知る由もない。
「俺は支配されんのは好かねえんだよ…」
そうだろうな。だけど、悪い気もしてないようだ。
こんなにも安心して、この男と過ごせるひとときを愛しく思う。
人間とは単純だ。
たったこれだけのことで、死ぬほど憎い相手ですら愛せてしまう。
長い間そばに居すぎた。
この男も狂っているが、本当に狂っているのは、自分のほうかもしれなかった。
「銀八…」
「………」
今なら、普段は奥に押し込めている我儘が言える気がした。
「もっと、俺を見てよ…」
「………」
本当はいつだって、優しく抱かれていたいのに。
「俺に指図すんな…」
この男なら、そう突っぱねてくるだろうと思った。
だけど、その声だけで十分だ。
「わかってる…」
高杉は瞼を下ろした。
感じ取れる。彼が穏やかな呼吸をしてるのが。
寝ぼけてる、そうかもしれない。本当にこのまま眠りについてしまいそうなくらいに、心地よかった。
続…?