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□巻き添え
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「今日の進路調査のやつに骨董品屋さんって書こうかな…」
「今度は何を言ってるのだ」
「緑間と繋がる方法〜」
机に乗せた焼き物?陶器?とにかく何かよく分かんない物体を爪で突っつきながらブー垂れると、隣に座っていた緑間がやれやれと深いため息をついた。
高尾といる時なら分かるけど、こんな可愛い子と狭い部室に2人っきり、隣に座って愛を語り合ってる時にそれは酷いんじゃなかろうか。
「だいたい、何でお前がここにいるのだ。まだ部活までは時間があるのだよ」
「進路指導が嫌すぎて、ちょっと現実逃避中なの」
「教室へ戻れ!」
「痛い痛い何すんのー!」
真っ白のプリントをひらひらと見せながら返事をすると、隣に座っていた緑間はいきなりアタシの自慢の巻き髪を引っ張り上げた。
巻いては捻じって、ふんわりと固めた自信作のヘアーが崩されてしまう。それだけは回避!と、アタシの頭を掴む緑間に必死に爪を立てた。
「そんな事言って、緑間だってココにいるじゃん。まだHRの時間ですけどー」
「俺のクラスの担任が休みなので、今日のHRは自習のち自由解散だ。既に課題を終えたのでここへ来ている。駄目マネージャー代表のお前と一緒にするな」
「ひどッ!ミス秀徳と名高い美人マネージャーにそういう事言う?」
「自分で言うな、腹立たしい」
ふふん、と頬に手を充ててそう言い返してやると、緑間はチッ、と舌打ちしてまたそっぽを向いてしまった。
違う、とかブス、とか言い返さないあたりやっぱコイツ完全にお坊ちゃんだな。まぁそこが良いんだけど。
入学してすぐ『イケメンが多そう』という理由でマネージャーを志望した私も、なんだかんだでルール理解から始まり今ではすっかりマネージャーに専念している。
入部直後に色々と口説いて来たヤツほど練習に熱が入っていないらしく、先輩方からも「ある種の発見器だな」なんてネタにされて。
あいかわらず生活態度は不真面目だけど、バカばっかやってた中学校の頃とは違い、アタシもすっかり丸くなってしまったらしい。
その証拠に、惚れている男のタイプが今までと全く違う其れだからだ。
「もうちょっとチャラいのが好きだったんだけどな〜」
「何の話だ」
「私のタイプの話?」
「…聞いた事を後悔しているのだよ」
「緑間はさ〜私みたいなのが一番嫌いでしょ」
「自分から聞くな」
「いや良いよ分かってることだし」
自分でいうのもアレだけど、我ながら顔立ちは可愛い方だと思う。
同級生たちが必死こいてプチ整形だのアイメイク研究だのしてるけど、ちょっと乗せるだけでパチリと開く大きい眼とか、日本人にしては高い鼻筋とか、男の人はよく褒めてくれるし。
ただこの、お世辞にもお上品とは言えない性格のせいか、私の好きな人には全く好評では無いようだ。
その証拠に、今こうやって部室に2人っきりでも緑間は私の方を一度も見ようとしない。
「ねー、さっきから何やってんの?着替えるなら出て行こうか?」
「今日は先にミーティングがあるからまだ着替えないのだよ、見て分からないのか」
「…もしかしてそれ、爪磨いてんの?」
「分かっているならいちいち聞くな」
部室のソファにプリントを広げてダラけている私からは、キチンと椅子に座っている緑間の手元がよく見えなかったけど、少しだけ身を乗り出してみた光景に思わず絶句してしまった。
190を超える体躯できちんと椅子に座り、熱心に机へ肘を据えて、
───緑間は延々と、その爪を磨いていたのだった。
え、なんで、なんで爪磨いてんの?あれ?最近の男子高校生ってこんなのが流行ってんの?爪切りとか使わないの?えぇ?
精悍な緑間とその作業のギャップに頭がついていかず、ハテナを浮かべまくる私が何か言いだす前に、緑間は「誤解するなよ」と言って眼鏡を直す。
「俺のシュートは爪の具合が命なのだよ。だからこうしていつも自分で手入れしている」
「…あ、あぁ、なるほど」
「だからそんな訝しい顔で見るな」
いつの間にかちょっとヒいてた顔をしていたらしい私は緑間の説明にやっと納得して、それからピーン、とある事を思い出した。
やたら物が多いと評判の私のスクールバッグを足元から引っ張り出し、ガチャガチャとその中身をテーブルへぶちまけていく。
ヘアスプレー、メイク用品、大きすぎる手鏡、ティッシュに玩具、ようやく数日ぶりに筆記用具を見つけたところで、また緑間の深いため息が響いた。
「…部室は公共の場所なのだよ、何をやって──
「あった!!」
まだ何か言おうとしている緑間の言葉を遮って、私はカバンの底から見つけたソレに声を上げる。
まだ未使用分の残っているソレは薄い袋の中に入ったままだし、これなら緑間も不衛生とか言わないだろう。
私はソレを掴んだまま、緑間の前へ突き出して見せた。
「……これは何だ」
「ネイル用のやすり!柔らかいし、細かく磨けて爪にも良いんだよ」
「…これで爪を砥ぐのか?」
「うん、緑間の爪って柔らかそうだし、厳ついのよりこういうのの方がいいんじゃないかなー」
「……ふん」
目の前に差し出したピンクのネイルブラシをぱちぱちと瞬きして見たあと、緑間はクイッと眼鏡を直す。
そうか、こういうペーパータイプのやつ、男の子は知らないよな。
未使用の1つを袋から取り出して「1つあげる」と言うと、緑間はとりあえず手のひらへ乗せられて、しばらく固まっていた。
「さて、またカバン片付けにゃ…
「待て、」
まだ固まってる緑間にくるりと背を向けて、ひっくり返したカバンの中身に腕を捲ったところでようやくその声があがる。
なぁに?と首だけ振り返ってみると、ハートの形のピンクのネイルブラシをそっと握っている緑間の姿が面白過ぎて、口端がピクっと震えた。
「…どうやって使うのだ、これは」
笑っちゃだめ、このシュールすぎる光景にも耐えてこそ、変人代表のこの男も私を選んでくれるというものよ!
何度そう言い聞かせてもふすふすと漏れる笑いは抑えられず、そこから緑間の機嫌を治すのはそれはそれは大変だった。
*
「こっちの目の粗い方で先に磨いて、指先とかはこっちの裏面で……」
ピンクのネイルブラシを握る緑間を見て笑いまくる私、の地獄絵図に先に根を上げたのは、私の方だった。
慣れないペーパーブラシに悪戦苦闘する緑間を見ていられず、ようやくソファから起き上がって緑間を隣に座らせる。
ソファの上で向き合うようにして、私は緑間の爪へやすりを掛けていった。
「綺麗な手ぇしてるね、さすがエース様」
「どういう意味なのだよ」
「いつもテーピングしてるじゃん、だから本当綺麗だなーって」
「それが人事を尽くすということだ」
「んー、日本語でおk」
「貴様」
しゅりしゅりしゅり、口だけは荒くても大切な爪を預けているせいか緑間の身体は大人しかった。
私も人の爪を扱うのは初めてだったから何か楽しくなってきちゃって、いつの間にか真剣になっちゃって。
集中しすぎてしばらく沈黙が続いたあと、ポツリと緑間が口を開いた。
「…嫌いではないのだよ」
「は、ぁえ?」
いきなり声かけてくるからビックリした。
ちょっと自分の世界入ってたし、マヌケな顔してなかっただろうか。
「さっきの話だ。別に嫌いという事はない」
「…私のタイプとか言う話?」
「不真面目極まりないが、努力は認めてやっていると思え」
「気持ちいいくらい上から目線だね」
「…手先は器用なようだしな」
「ウチの大事なエース様の手ですから」
作業しながらふと目線を上げると、同じく手元に目線を落としている緑間が、微かに笑っていて、ビックリして、思わず手が止まってしまった。
「…?どうした」
「や、好きだなーって。やっぱ緑間カッコいいよ」
「お前のような奴に言われても信頼出来ないのだよ」
「だから、バスケ部入ってからはそういうの止めたって言ってるじゃんか」
もー、とか何とか言いながら、また手元へ目線を落とす。
こんな風にふと漏れる私の本音は、おカタイ緑間にとっては冗談にしか聞こえないんだろうし。
しゅりしゅりしゅり、少し冷たい緑間の指先を持つ手があったかくて、気持ち良かった。
「あ、そういえばそのネコの置物、今日のラッキーアイテム?」
「これは昨日持って帰るのを忘れてしまったのだよ」
「あれ、じゃあ今日の分は?緑間が持ってないって珍しいね」
「用意できない事もたまにある」
「えー、気になってきた、今日の緑間のアイテムは?」
「『ピンクのレース』だ、お前が寄越したやすりがピンクだったので肖ろうかと思ったのだが…」
「え、ピンクのレース?私持ってる!」
「本当か!」
「うん!ほらっ!」
爪磨きも終わって細かい粉をパラパラはたきながらそんな会話を弾ませて、私は片付けついでに体勢を整えてニコリと笑ってみせた。
緑間の顔がちょっと嬉しそうだったから可愛いなー、なんてホッコリしてしまって。
そのままカッターシャツを握って、胸元までガバッと捲ってみせた。
「このブラおニューなんだけど、リボンもレースも全部ピンクなの!運命じゃない?」
そのまま数秒。
綺麗にフリーズしてしまった緑間はぴくりとも動かず、私がシャツの手を離すと同時に地鳴りのような声が部室へ響いた。
「前言撤回なのだよ…、お前のような女は…!」
「えぇ!?なんかそういう流れだったじゃん!」
「どこがだ!そう軽々しく身体を見せるな!」
「ハッ、緑間って顔はキレイなのにもしかして童t…
「黙れと言っているのだよ!!!」
童t…じゃなくて、どこだか分からないけど痛いところを突かれたらしい緑間がとうとう私の手首を掴んで引っ張り込む。
恥ずかしさや動揺からか、いつものような適度な力加減はなくて、私みたいなヒョロっ子は簡単にバランスを失って、ソファへ倒れ込んでしまった。
衝撃に備えて身を捩ったせいで片足がソファから落ちてスカートが捲れあがる。
私に圧し掛かるようにホールドした緑間とハッと眼が遭って、何か言おうとした。
同時だった。
「うぉあッ!!真ちゃん達、何してんの部室で」
バスン、スポーツバッグが地面に落ちる音と同時に高尾の喧しい声が響いて、私は体制的に首を捩ってそれを見る。
いつの間にか鳴っていたらしいチャイムで先頭を切る高尾、その後ろにはいつ見ても逞しい我がバスケ部の先輩方が鬼神のような顔で立っているのがどうにか見えた。
っていうか、コレ私の体勢的にパンツ丸見えじゃないの?
さっさと退け、と緑間を押そうとしたところで、予想外過ぎる出来事への対応力をカンストさせた彼の身体は、もうピクリとも動かなかった。
恋の
ラッキーアイテム!
「まーまー、パンツもピンクだったし良いじゃん」
「全然良くないのだよ!」
「やっぱり真ちゃんて童t、
「黙れ!!!!!」
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真ちゃんのDT力が大変な事に
(お誕生日おめでとー真ちゃん!)
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