企画用

□小雪少女
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 辺り一面に真っ白に輝く地を伊織は何の興も無くただ、歩き続けていた。絵描きが見れば絵にはせずにいられないだろうこの景色もそこを歩く人間にとっては、苦痛の種以外の何物でもなかった。積もる雪に足が踏み込む度に草鞋の中に雪が染みこみ、足袋がびしょ濡れになり、肌は赤くなるし、悪い事だらけだと伊織は思った。その事は明治という世になっても変わらない。否、あらゆる事において、何も変わらなかった。彼は相変わらず田畑を耕し、年貢を納め、冬にはこうして笠を売るという生活を続けている。

 明治という時代が始まりすぐ後に、大きな戦があった。戦国以来の日本中を巻き込んだ戦だ。伊織もここ会津の地でその戦に奥羽越列藩同盟の軍に参加した。参加した当初は手柄を立てて、家の生活を楽にしようと本気で考えてもいた。だが、この戦いで彼が担った役は各部隊の伝令。要は使いっぱしりだった。命令をあちらこちらに伝えるだけの人間がどうやって戦で手柄を立てるというのか。その戦も数ヶ月で終了。彼は生き残った。まあ、あれは生き残ったというより逃げ出したのだが・・・と伊織はあの時の悪夢を思い出して、思わず震えた。あれは負け戦。誰がどう見ても旧幕軍よりも新政府軍の方が勢いに乗っていたし、勝てる戦でなかった、と今になって伊織は思う。だが、例え仮に旧幕軍が盛り返して勝てたとしても。果たして、伊織とその家族に変化はあったのかと思う。どちらに転んだとしてもこの光景が変わる事はないと思う。

 背負っている籠には売り物である笠が入っていた。籠の半分程売れ残っているが、これでもまだ売れた方だ。先日の雨を狙って売りさばいたのが良かった。嵐が来ると桶屋が儲かるという話も全くの法螺話ではないと伊織は思った。そこに必要としている者がいれば必ず売れる。とはいえ、所詮は笠だ。高く売ろうとすれば、人は買わなくなる。結果として高すぎもせず安すぎもしない値で売る事となり、稼げた金はあまり多くはない。医者の薬を一袋、ぎりぎり買えるか買えないかという程度だ。

 段々村も見えて来るその頃になると、伊織は少々息が切れてきた。山を降りた所にある町から村までは、かなりの距離があるし、深く積もった雪が体力を徐々に奪っていったせいもある。だからだろう。彼は躓いて転んだ。雪の中に埋もれた岩か何かに躓いたらしい。前のめりになって派手に転んだ。籠からは笠がばらばらと落ちる。

「ちぇ、ついてねえや。」伊織が起き上がると、目の前で数人の村の童達がくすくす笑っていた。雪遊びをしているらしい。「伊織のにいちゃん、遊んでー!」と、雪で作った玉を伊織の頭にぶつけて童の一人が笑った。

「おい、こっちの返答を聞かずに雪玉を、投げん・・・おい!」

 伊織の抗議の言葉など聞く耳持たず、子供達は雪玉を次々と伊織に投げつけていく。やれやれと伊織は溜息をつきながら自分も地面にある雪で玉を作る。元々、彼は子供と遊ぶのが好きだったし、この村の若者の大半は先の戦で戦死している。遊び相手になってくれる「やさしいにいちゃん」というのが伊織以外にいなかったのだ。

(しょうがない。別にこいつらに構う必要もないけど、でかい遊び相手がいないんだもんな。)

 そう思っている時点で既にかなりのお人よしなのだが、伊織はそれには気づかない。子供達の雪玉をかわして逆に雪玉を投げ返す。昔から雪合戦は得意で村では誰にも負けたことがない。ただ、一人を除いては・・・。
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