頂き物
□なつやさい 「愛の日常」様相互記念
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「うわー…今日も派手にやられましたねカンシュコフさん」
「…うるせぇ……っ」
いつものように04番に殴られた後、赤く腫れた頬を見て、541番がひぇー、と声をあげた。
そののんきな言い方に、他人事だと思って、と苛ついたが、その部分をやたらと気にしてくれているので一応心配してくれているのだろう、といい方へ考える。
「…………痛い、けど、まぁ大丈夫だかr」
「なんかスイカみたいで、そこ、美味しそうですね!」
「……………………は?」
[なつやさい]
相変わらず、あの部屋にいる囚人には傷つけられる。とため息をつきながらカンシュコフはおやつを運ぶ。
一匹は体を傷つけてくる。とてつもなく痛い、が、まぁ怪我は治れば平気だ。
しかし、やっかいなのがもう一匹いる。
精神面を傷つけてくるやつだ。
もう、できることなら二極力会話したくないと心から思う。黙っていればある程度見れる顔なのだからどうして喋るのか。そしてその一言がどうしてこんなに心をえぐるのか。
朝の出来事を思い出して、泣きそうになりながら、カンシュコフはドアを叩いた。
「……おい、おやt」
「カンシュコフさん今
日のおやつは何ですか!?お!?この匂いは角砂糖じゃないですね!?やったなんだろキレネンコさんは何だと思いますか俺できるならチョコがいいn」
覗き窓を開けた瞬間、視界一杯に間抜けそうな顔がうつる事実に、本気で転職を考えた。
なんで俺ばかりこんな兎達の相手をしなきゃいけないんだ畜生。神様教えて下さい俺なんかしましたか畜生。
541番が勝手に喋りだすのはいつものことなのでそこは聞き流して、黙って扉の下から今日のおやつを出す。
「んまり食べたことないんですけど生チョコが一番好きですねやっぱり生チョコといったらロイズが一番じゃうわー!スイカだ!今朝話たの覚えててくれたんすか!?赤くて美味しそうです!あっ、なんかこれやっぱりカンシュコフさんみたいですね!」
繋がっているようで全く繋がっていない会話だし、それ以前によく聞いていなかったので返事をするのは止めた。
しかも最後の方は古傷をえぐるような言葉が聞こえた気が。
そして気のせいじゃない気が。
種はどこに出せばいいんですかー?あっ!スイカと言えば塩じゃないですか!塩は!?カンシュコフさん塩は!?ねぇ塩は!?
聞こえてきたアホ丸出しの声のせいで、いよいよ眼に涙が浮かん
ナきたカンシュコフだが、こんなことでへこたれてたまるか、と気を奮い立たせ緑の囚人に声をかける。
塩なんてねーよ。テメェの汗でもかけとけ畜生!!!!
「傷むから早く食えよ…?ったく…はぁ…」
「そうですね!塩がないのは残念だけど早く食べます!キレネンコさーん!今日のおやつはスイカですよーっ」
塩ないけど我慢しましょうねー、と何度も塩を強調するところ、余程かけたかったらしい。が、そんな要望を叶えるほど監獄は優しくないし、むしろかけなくても食べれるだろ、とカンシュコフは個人的に考える。
いっそ塩分不足で倒れちまぇ。それか摂取しすぎて高血圧になってしまえ。まぁそれくらいでこの囚人が弱るわけがないのだが、少しでも可能性をあげるために哀れな看守は祈った。
「キレネンコさんはスイカ好きですかー?俺、夏と言えばスイカ!ってくらい大好きなんですよー!え?兎といえば?そんなのキレネンコさんに決まってるじゃないですかーっ!やだなぁそんな今更確認しなくてm」
04番の腹の上に皿を置いた後、返事がこないのに541番は喋り続ける。
最初は会話にならなくてかわいそうだ、なんて思っていたが、聞いてる方としては気持ち悪ることこの
上ない内容だということが分かったので、カンシュコフは最近、途中で聴覚をシャットダウンすることを身につけた。
04番が、熱心に読んでいた雑誌の隙間から、ちらりとおやつ確認する。
いつもこの瞬間がひやひやする。ここでもし、04番の望んだおやつでなかったら自分の頬はスイカレベルは収まらなくなるだろう。むしろアドバルーンのようになることは確実だ。
ふんふん、とにおいを嗅ぐ04番。
緊張してそれを見つめるカンシュコフ。
一人で喋りつづけている541番。
…どうやら今日のおやつは気に入ったらしい。傍らにそっと雑誌を置き、そのまま起き上がってスイカにかぶりつきだした。
それを確認して、思わずどっと涙が出るくらい安堵する。
よかった……いや、ほんとよかった……これから夏は角砂糖じゃなくて毎日スイカにしようかな……いや、それはまずいから…でもよかった…ほんとよかった……!
大人しくスイカを食べる04番が女神に見えるようだ。まぁ凶暴な女神だが。怪力の女神だが。
よし、今日のおやつは無傷でクリア。とほっとため息をついて二匹を見れば、向かい合わせにベットに座って一心不乱にスイカにかぶりついており、その様子が子供みたいでなんだか可愛いらしい。
思わず笑みがこぼれる。ああこいつらも大人しくしていればこんなに手のかからない囚人なのになぁ。見ろよこれ、まるで子供じゃないか。なのになんでいつもあんなんになっちゃうんだろうなぁ。特に541番だよ鼻の下長くて優しそうな顔してるくせに的確に人の心えぐってくるし畜生全くどんな育ち方したんだよ。
後半は乾いた笑いになってしまったが、取りあえずいつものおやつの時間よりは穏やかに過ごせることにカンシュコフは感謝した。
「んごんごんご…あっ、そういえば、昔、種飲み込んだらお腹から芽が出るって言われて、俺すごい怖かったんでふよねー」
口一杯にスイカを含んだ541番が、急に思い出したと言うように顔を上げる。
その顔面は、種とスイカの汁がとてもついていたので、非常に汚かったが、聖母マリアのような気分だったカンシュコフはそうか、と優しく答えてやる。
「俺もよく脅されたなー。スイカだけじゃなくてサクランボとかも、腹から芽が出て死ぬって」
「やっぱり〜。カンシュコフさんって種飲み込んでそうな顔してますもんね〜」
「…いや、顔は関係ないだr」
「いやー、小さい頃はほんと怖かったな〜。めちゃくちゃ泣いた覚えが…もげふっ」
相変わらずの言葉に、聖母マリアの頬が軽くひきつった。が、訂正する間もなく言葉を続ける様子に、ため息をつく、次の瞬間。
「ごへごへっ!ぶ、ぇっふお!」
急に541番がむせた。
恐らく気管に入ったとかそういう理由だと思われる、が今はそんなことは関係ない。
むせた
スイカを口に含んだ状態で
当然口からは種やら果実が吐き出される
そして、その先にいたのは
「……04番っ……」
頭からスイカの種を浴び、全ての動作をぴたりと止めてじっと事態を理解する鬼神がいた。
思わず声が震える。
いや仕方ないこれは緊急事態だ俺の予想の範疇から越えているだからどうしようもないんだ取りあえずどうすればいいんだ。
足りない脳みそを必死でフル回転するが、一向に解決策が浮かばない。
ああ、自分の人生はここで終わるのか、と思うとカンシュコフは本気で泣きたくなってきた。
「ぜ、ぜろよんば……」
取りあえず落ち着ける、とハンカチ(自分の)を差し出す。
拭けばいいじゃないか。何ならシャワーを浴びせてやる。だから落ち着いてくれ。その眉間の谷を埋めてくれ頼むから!!!!
しかし、
「っぶげふぁ!!!!」
再び541番がむせる。
しかも今度は、自分が差し出したふきんに向けて。
「……………………」
「ひっ……………………」
ふきんを受け取ろうと伸ばした手も、種と541番の唾液にまみれ、04番の眉間にはこれ以上ないくらいの縦線が刻まれる。
後ろでまだげふげふやっている541番は、何をしたか一向に気づいていないようだった。
畜生なんで俺だけ、と04番の顔を見て気が遠くなる。
今までの経験からいくと、これは確実に自分だけ痛い目にあう状況に違いない。
「ち、違っ、聞け04ばー……」
逃げ腰になりながら必死で説明する。
これは自分のせいじゃない。541番のせいだろ。なんでいつも俺が殴られなきゃいけないんだあれか?スイカを出したのは俺だからか?畜生そんな理不尽な…
っべしゃっ!!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
04番が手に持っていたスイカを覗き窓に叩きつけてきたため、汁が大量に眼に入った。
痛い。スイカとはいえ果実の汁はとてつもなく痛い。
そうか…今日は俺の眼をつぶす攻撃ですかこのやろう…この前の角砂糖でもつぶれかけたってのに…
気が遠くなり、そのまま三途の川が見えた気がしたカンシュコフは、二度とスイカを出さないことを誓った。