short

□上司と部下と、新年会
1ページ/2ページ



…新年早々、最悪かもしれない。

枕元に投げられた腕時計を見れば時刻は朝の6時。でもまだ周りは暗い…ってまあそりゃそうだろう。
ズキズキ痛む頭でもわかる、今自分がいる場所なんて。

まさかこんな、

やってしまったと時計をまた元通りに放り投げ、そのまま掌を額に置きゆうべの出来事を思い返してみた。

昨日は今年の仕事始めの初出勤だった。
恒例でまずは新年の朝礼そして挨拶それから近所のでかい神社で参拝、それからいつも毎年時間早めの…新年会。
なぜだろう、途中まで俺はそれほど呑んではいなかったはずだ。意識も常識も理性もしっかりあったはずなのに、いざ目覚めてみれば今のこの状況ときた。

「…マジかよ…」

額に手を置いたままの薄暗がりの中、横目でちらりとみる隣で規則正しく動く膨らみその裸の背中。
呼吸音と共に揺れる肩よりも少し長めの髪。それは艶やかな栗色でゆるくふわりとかかるウェーブ。わかる。暗くても。いつもはそれが一つに纏められてるのだって、知ってる。

正直、覚えていない…そう言えたらどんなにいいか。

自分の記憶が中途半端に残っているのが腹立たしい。
朝なお暗い室内とぼんやり浮かぶ隣の白い素肌が横たわる無駄にでかいベッドと枕元にあるティッシュとその隣には小さな箱に入った、避妊具…しかも使用した形跡アリ。そう、今俺が居るのはいわゆるラブホテル。そして隣で平和そうな寝息を立てているのはいわゆるそう…俺の、上司だ。

この状況、ちょっとどころかかなりマズいんだよな?

これは動けねぇ、いや確かに頭も痛くて身体を動かすのが億劫ではあるが、それ以上に。

またちらりと向けた視線。
どうしたもんかと息を詰める俺。すると「くしゅん!」と聞こえたくしゃみと小さく跳ねた肩。寒いのか、そう思い半ば無意識に額から手を外して布団を引き上げその肩に被せようとすれば、思いがけずにくりんとその肩ごと寝返りを打ってきた。

やっべ、

上げた布団。持って行き場がなくなり空中で静止。

言うなれば向き合っているこの状態と、前で重なるこの人の両腕に潰された胸と、俯き加減の顔を飾る長いまつげ。いつもは口うるさく仕事に関して妥協せず厳しく真摯、でも良い提案をすればきちんと聞き入れそれを実行するだけの柔軟さも持ち合わせ、いったん仕事が終われば飲みにだって行くし冗談だって言うさばけた人で、まあつまりは上司としても人としても尊敬できるというか、なんというか…気になってはいたんだよ、悪いか。そう誰に向けるでもなく一人ぶつぶつと呟いて、そっと静止したままだった腕を降ろし布団を被せる。

「…ん…」

小さく唸り小さく丸まる身体。
確か俺より5つ年上だったか?と思うのだが、その子供みたいな仕草につい浮かんだ笑みと、ふると震えた唇に脳内に浮かんだのはゆうべのフラッシュバック。

『家まで送ります』、俺はそう言った。確かに下心が全くなかった、とは言い難いが、別にまさかこんな展開を予想して言ったわけでは断じてない。ただ誤算だったのは思いがけずに自分が呑んでしまっていたことと、酔った様子の見られなかったこの上司が意外と酔っ払っていたこと。

『大丈夫よ、歩いて帰れるから』、そう言って確かな口調と足取りの上司の背中に『お気をつけて』と口にしかけてハタと思い出したのだ…こっから家まで電車で30分はかかるという上司の家の場所を。
『歩いて帰れる』、そんなの無茶、というかまだ電車もある時間なのに無駄だろうし歩く意味もない。けど意外と酔ってんのかよヤバいな、と決定的に思ったのはすぐその後。
『もう帰っちゃうの〜?』、とどこからともなく現れた俺達と同じようにスーツ姿のサラリーマン二人組。多分こいつらも新年会的なもんの帰りなのかしたたかに酔っ払っているようで、それまで姿勢正しく目の前を去ろうとした上司の腕を馴れ馴れしく掴んだ。
『一緒に呑もうよ』、そう言いながら引き寄せた身体は、普段の上司と違い実に頼りなく流されていきそうなほどにふらついて、それを見た瞬間に俺は走り出してその腕から上司を奪い取っていた。



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ