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□上司と部下と、花見席
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※以前の拍手、『上司と部下と、新年会』の続きです。








春は桜。
例年通りの花見にかこつけての宴会席。その席に連なる俺の機嫌はさっきから滅法悪い。
毎年の恒例行事はいつも面倒くさいがそれでもこうして出ているその理由、その訳を、誰に言うでもなく密かに俺は考える。
今年の新年早々尊敬する上司と寝てしまった俺。いやそれはいい。別にいい。むしろ望むところではある。けれども何事もなかったかのようにその後振る舞われれば、あの夜のことは夢だったのではないのかと思ってしまう。だからといって確認したくても出来なくて、こうして行事ごとに嫌々ながらも出席しては彼女の様子を眺めている俺は、実に情けない男じゃないだろうか。あの時は確かにこの腕の中にいたのに。手に入れたと思ったのに。それがどうだ今も変わらない互いの立場。動くに動けねぇよ、なんて思っていたりして。

ビールを一口。はらはらと落ちゆく桜の花びら。綺麗なもんだ、常ならばそう感じても良さそうなものなのに、目の端に捉えられたままのその横顔に、今の俺にそんなもん、感じてる余裕なんてないようだ。

「コムイ部長飲み過ぎですよ?」

「いやぁ花より団子。実際桜を見てるよりもキミを見てた方がいいよ」

「私は団子ですか?部長」

「んー違うなぁ。桜よりいいってこと」

「ふふ。やっぱり酔ってますね」

少し離れた場所から聞こえた上司と更にその上の上司のやりとり。
酔い始めたコムイ部長の若干セクハラとも云えるくだらない会話内容に、俺の手に持つ紙コップが簡単にひしゃげる。あ、やべ、ビールが手にかかった。全く何をしてるんだ俺は、というより何を言ってやがんだこの腐れ部長が。

紙ナプキンで手を拭い苛立った溜め息を吐けば同僚でもありコムイ部長の妹でもあるリナリーが、「もう兄さんてば、主任が困ってるでしょう?」と2人の間に入った。
ナイス、リナリー。
思わず呟く内心。けどへらへら部長の笑い顔。気に食わない。滅法気に入らない。しかし相手は上司の上司。そうそう簡単に態度に出せないこの立場。本当は俺が自ら割って入ってやりたかったが、そんなことをして横顔を視界に捉えたままのあの上司の迷惑になってしまっては、そう大人な俺が囁いて大人しく手に取る新しい紙コップ。
学生時代は口より先に手が出る俺が大人になったものだ、なんて思いながらビールを注ごうと手を伸ばせば缶ビールは届く直前でさらわれた。

「珍しい。結構飲んでるさ」

ユウ。

馴れ馴れしく名前を呼ぶのは同僚のラビ。俺からさらった缶を傾け紙コップに注いでくれる。

「…余計なお世話だ」

と言いながらも紙コップを差し出し酌を受け、グイッと飲み干せば「ま、構わないけどな」と再び注がれた泡立つビール。だがそれはカップの半分量で止まった。

「あれ?もう空さ…ええと…すいまっせーん。そっちまだ入ってんのありますかー?」

空になってしまったらしい缶を置き、声をかけた先。「あるよー?」なんて軽い返答と共に近付くのは新しいビールと相手。カシュッと開くプルタブ。どうぞ、なんてラビの代わりに注ぐのは。

「無くなっちゃった?」

「…主任…」

さっきまで見てた横顔が真正面。柔らかく笑いかけられればさっきまで飲んでたビールが巡る腹の中、んで頭の中。

「部長はもう大丈夫なんすか?」

「ああ、今リナリーちゃんが怒ったから大人しくなったよ…ラビくんのコップは?」

「あ、スイマセン」

先程の部長と主任のやりとりを見ていたのだろう、ラビは簡単にその話題に触れて、彼女の笑顔と手に持つビールを持ってった。

「主任もどーぞ」

「あらありがと」

「コムイ部長は相変わらずリナリーに弱いっすね」

「そうね。でも助かったわ。部長って酔ってくると絡むんだもん」

「それは主任にだけっすよ。
主任美人さんだから」

「あはは。何?ラビくんまで酔ってんの?」

「いやいやマジメな話」

繰り広げられる会話。イライラしだす俺。なんなんだよ本当に。すげぇ腹立つすげぇムカつく。確かに一度寝たくらいでこの人が自分のものになったなんて思っちゃいない。一度寝たくらいで独占したいだなんて思っちゃいけない。ああでもどうにもこうにもぐるぐるするんだ腹の中。まるでビールの泡がぷつぷつ弾けていくように。

「神田くん!」
「え?…あ、」

ぐしゃり。気付けばまた潰れていた紙コップ。気付けばまた溢れた中身のビール。

「神田くんも酔ってる?」

「いえ…」

酔ってません、そう言いかけて止まる口。
握り締めた紙コップ。潰れて零れた手に伝う液体を拭われる、ハンカチを持つ細い指先に。

「大丈夫…」

です、いいかけてまた止まる口。慌てて拭う綺麗なハンカチを引き止める。汚してしまう、そう思って。でも続ける言葉を引き止めたのは思わず重なる指先だ。
ぴく、微かに指先が跳ねた気がした。
ぶわ、触れた指先が熱を持った気がした。
顔を上げる。視線が絡む。その瞬間、彼女の目の縁が少し赤くなった気がした。



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