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□上司と部下の、新年会
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※以前の拍手、『上司と部下と、新年会』、『上司と部下と、花見席』の続きです。





いつもの新年いつもの飲み屋。
仕事始めは近くの神社に初詣。その後は毎年恒例新年会、けど今年の俺は去年とは、少しは違う心持ち。







「…もう呑まないでください」

隣に陣取り細い指から取り上げる、さっきまでさんざんあちこちに挨拶がてら注ぎに廻っていた上司のお銚子。持たせたままにしていたら、また隣から居なくなってしまいそうでだったから。

「まだあまり呑んでないわよ」

けど取り上げられたお銚子を見据え訴える、俺の上司で恋人が。でもそうは言ってもあなたは顔に出ないのだから始末に終えない、そう今度は俺が訴えて上司を見据えたのだが「そんなことない」って困った風情になってしまったこの上司。その様子がなんだか年上なのに幼く見えて、ああやっぱり酔ってんなと普段ならきりりとした彼女との違いに浮かぶ苦笑。

「…なに笑ってるの、神田くん?」

その笑いを見咎めて、座席の下、会社のやつらから見えない位置でとんと蹴られた俺の足。俺もそれに対していちいちやり返してしまうのは、酔う彼女の可愛らしさについ触れたい誤魔化しのその反動。

「生意気」

「俺は本当のことを言ったまでです」

机の下の攻防戦。互いにこつんこつんとやり合えば、妙に気恥ずかしいのにふんわり漂う充実感。だってこの上司が俺の恋人なんだって、そう言いたくなるくらいの満足感…もっとも、彼女の立場をおもんばかって、職場のやつらにつき合ってるのを教えてはいないのだが。

「だいたい神田くんは、」

「神田く〜ん!呑んでる〜?」

「全然グラスの中減ってな〜い」

なにか言いかける上司の唇。遮るのは人事課で受付をしている女が二人。仲が良くも悪くもない、でも会えば立ち話をする程度の関係の。

「あ、主任も!明けましておめでとうございまあす」

「今年もよろしくお願いでーす」

さっきまで彼女が持ってたお銚子を取り上げて、なにも言えない俺を後目に注がれるお酒は彼女のお猪口に。ああまだ呑むんだな、そうは思っても言えないのだ、新年の挨拶彼女の立場、それを考えれば呑まざるを得ないこの状況に。

「ええこちらこそ、今年もよろしくね」

熱燗なみなみ注がれたお猪口をくいっと一口。いい呑みっぷり、はしゃぐ女二人にもう止めておけ、なんて言う間もなく再び注がれるなみなみと。

「神田くんも」

そのうち一人が差し出すお銚子。後の一人が渡すお猪口。
ちらり横目で見れば顔色も変わらない上司のけろんとした顔、でも酔ってるのがありありわかる揺れる瞳の色。

「わ、神田くんもいい呑みっぷり!」

強いんだね、つんと引かれた袖口にまた重くなるお猪口の中身。ああもうこうなりゃ彼女の分まで俺が呑む、そんなお正月の心意気。きゃいきゃい喜ぶ女ども、あれ?、って顔した隣の上司。でも不意に立ち上がる彼女に驚き見上げれば、「ちょっとお手洗い」と笑顔で去りゆく細い背中を見送って。

「主に……おい、ラビ!」

主任と呼びかけて彼女の行く手に見つけた同僚。何事か言葉を仲良さそうに交わし合う、そんな二人の姿に俺もつい立ち上がる。
「なにさ」なんて彼女と別れて来た奴の、背中を押して任せる女どもの相手。後は追いかけるだけの俺の足。彼女の消えたお手洗いの前、こんなところで待ち伏せなんて格好つかない、なんて思いはするけれど、酔ってる風に見えない癖に結構きっちり酔っているだろう彼女を心配して、と、言うのは建前で、年越しを二人で過ごしたその名残。少しでも二人きりで居たいという子供な理由が一番で。






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