□神田書店店長・神田その8
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…ああもうやだ。ほんとにもうやだ。そんなに見つめないでよ恥ずかしいじゃないか。でも例え5割引のかっこよさだとしても、只今絶賛現在進行形でかっこいいのは事実なわけで、どきどきノンストップな状態なのはどうにもしようがなくて…なにか喋れ。黙るな変態。あなたの無言は隠しちゃうからそのドン引きな性癖を。メガネなきゃイケメンしか残らないから止めてくれ、勘弁してくれ。そんでそんで、いい雰囲気出さないてくれ、逃げられないからー!!

近付く身体を避けることは後ろにドアがある以上無理なんだよ、などと私が頭の中で呟いているこれは、最早言い訳にしかならないのかも…しれない。







私はそんな尻軽ではない、はずなのに…なぜ自分はここにいる?

見渡す部屋は普通に明るい。でもその部屋の中心にでん!と鎮座するやたらデカイベットに枕元にはボタンいっぱいのパネル。そんで隣にはシンプルなケースに入ったティッシュとビニールに入った四角形の…アレだ。
信じられない、有り得ない。
だいたいなにか企んでるらしいことはなんとなーく、わかっていたはずだった。警戒だって(心の隅っこでだけど)してたし、このまま普通に送ってもらうだけじゃ済まないかもと、家に着いたら『茶くらい出せ』くらいの勢いで家に上がり込もうとするかもと車の中で考えてもいた。でもそれほど複雑じゃない道を間違えられ、その上急に路肩に停車されて、「あのな」なんて妙に掠れた色気のある声に雰囲気に呑まれそうな自分を本能的に察知していた、はずなんですが。

…なぜに私はこんな場所にいるのでしょうか、今、こんな男女の為の密室に、ふたりきりで。

路肩に停めた車が発車し『←IN』と表示された入り口をまるで吸い込まれるように通過し、あれよあれよと云う間に、てか拉致られるように二階にある部屋(駐車場の真上が部屋のタイプのホテルでした)に連れ込まれ、おいおいと考えるまでもなくベットに乗せられた…まではまあ勢いが良かった、のだけれど。

「……」

「……」

無言が怖い。めっちゃ怖い。
つかなんで二人して差し向かいでベットで正座?どうせなら連れ込んだその勢いで押し倒されてしまえば、もしかしたら観念したかもしれないのにここで尻込みするとか、ほんっとにこの…童貞ヤロウめ。
若干口が悪くなるのはしょうがない。でもさー、なら私はいったいどうすればいいわけ?ホテルに入ったはいいけど(いや良くないけど)、相手は無言で困ったみたいな様子でいるから私だって困ってしまうのだ。逃げるという選択肢も当然考えはしたけども、このホテルは出る時に部屋にある精算機で清算してからじゃないと鍵が開かないタイプ。なので逃げる為にはまずお金を精算機に入れないと出られない、つまりその間に捕まってしまうだろうと。

「…えっとー」

とにかくこの沈黙をどうにかしようと口を開いて言葉を探す。でもなぁ、なに言えばいいんだろ。『早まるな』か?『考え直せ』か?いやむしろそれは私に言うべきなんじゃないか?こんなにあっさり連れ込まれちゃうとかまじで自分が信じらんない。しかしもうちょっと抵抗しよーよ私!と、考えたところで今更遅いしあーもーどーしよーっ、ってなにか会話の糸口を捜す私の視線はきょろきょろと落ち着かない。そんで目の前で正座の店長はまんじりとも微動だにしないから、それが逆に恐ろしい…いったいなにを考えているんだろう。それはきっとろくでもない内容に違いない、違いないのに!

…くぅっ、こんな状況なのに!

目の前にある伏し目がちな瞳は愁いを帯びて、長い睫毛が俯いた顔に影を落とすのもまた見目麗しい。なのに肩幅はしっかりとあって、捲り上げた白いシャツから出る腕は血管が浮き出るほど白いのに筋ばるしっかりとした男の腕。膝上で握り締められた手だって大きくてそういや昼間みた指は綺麗だったなー…やっばい、こんな手で触られたらと思うと。

「ぅ、」

かああっと頭に血が上る。
駐車場でされたキス。痛いくらい両頬を挟んだ両手はすぐに力は消えて、擽るような優しい力になったのに私は逃げることもせずに気付けば自然と目蓋が落ちてた。2回目だ。2回目のキスだった。相変わらず唇を押し付けるような拙さだったけど、逆にそれが私の心臓の動きを早くした。初恋を経験するような妙に甘酸っぱい想いが相手を5割増にかっこよく思わせ…ん?これじゃイケメン度が結局増しただけ?なんだそりゃ騙されるなよ私。思い出せ、思い出すんだ今日の出来事を。こんな年なのにセーラー服着せられたんだぞ?そんでその姿で人前で働いてたんだぞ?そんなの羞恥プレイ以外のなにものでもないじゃないか…ああそれはそれでこの男なら喜びそうだなぁ。
もはや思考はぐるぐる回る回転木馬。それに乗り手を振るのはこの変態。どうしよう、どうしたらいいんだろう。なんとかこの回転を強制的に止められないものかと私がちらりと上目で見れば、がちんと、いつから見てたんだろ、店長と目が合って。

「…おい」

「っ、」

躊躇いがちに開かれた口。そこから発された声はやっぱり掠れて届く。さっきから早かった心臓の鼓動がぎくんと一度大きく跳ねて、更におずおずと伸びてきた手が私の遠慮がちに触れた瞬間。

「ゃ、」

びくん、て、今度は身体が大きく跳ねる。だって一瞬ぞわって全身になにかが回った気がしたんだもの。回転木馬じゃない何かが私の中で回ってつい変な声が…って、近い!近い近い近いいい!!

「や…な、なんかこの部屋暑いですよねー」

ぐっと身を乗り出してきた店長になんとか平静を保ちつつ、この空気をどうにかしたい私は「ははは」と笑いもプラスする。実際暑いとも思うがこの暑さの原因を自分で分析する気もありゃしない。てか分析すんのなんか怖い。もっともにじり寄ってきてるこいつの方が怖いけど。

「い、いやー…ええっと、この部屋ってあれですよね」

「……」

「外観がお城っぽいのに中は普通だなーって初めは思いましたけど」

「……」

「ちゃ、ちゃんとほら、見てくださいよ店長。店長の後ろに7人の小人がいますよー」

「…なんだと?」

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