手をのばして抱きしめて
□手をのばして抱きしめて 第8夜
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「…どう言う意味だ。」
兎の言葉に目を見開く。
「ユウが任務に出ていない時、ルキがよく男に告白されているのを見かけたさ」
酷いヤツなんかルキを自分の部屋に連れ込もうとする輩もいた。ただルキは結構気が強いし、実際エクソシストとしても強いから、返り討ちにしていたけどね。
…知らなかったんさ?
愕然とした。
自分がいない時にルキがそんな目に合っていたなんて。
あいつはそんな事は一言も言わず、ただ帰ってきた俺にあの柔らかい笑みで『お帰りなさい』と言うだけだった。
今度こそ本当に手が震えた。
腹の底から怒りが込み上げてくる。
「だからユウがはっきりしないなら、オレが貰う」
真剣な眼差しが俺を射る。
「…誰にも渡さねぇ。
俺のものだ」
「でもそれを決めるのはルキさ」
そう言い残し兎は俺の部屋を出ていった。
2日後の朝、兎とルキが任務に出た。
同じ日の夕方、俺はモヤシと2人で任務に向かう。
俺は最高にイライラしていた。
「ひどい顔してますね、神田。あ、もともとですか」
行きの列車の中でモヤシが言った。
「うぜぇよモヤシ、死ね」
「僕はそんな名前じゃないって何度言ったらわかるんです?本当にバカなんですね、バ神田こそ死ねばいいんじゃないですか?」
一言言えば倍返される。
今の俺にはコイツと話しているのがとても疲れた。
「黙れ」
「嫌です」
もう口を開くのも面倒で無理矢理に話しを切り上げようとするが、このモヤシは一向に口を噤む様子がない。
「ルキさんの事、気にしてるんでしょう」
窓の外に視線を向けて、俺は無視を決め込んだ。
「だいたい神田は自分勝手過ぎます。
僕だってルキさんと任務に行きたいのに、よく分からない理由で神田としか行かないなんておかしいですよ」
喋りながらデカい鞄からおやつを取り出し頬張る。
「神田とルキさんの間に何があるかなんて僕は知りません。」
だけど、と食べ続ける手を止め俺を真っ直ぐ見つめる気配。
「だけど、神田がルキさんを大切に思っているのは分かります」
思わず視線をモヤシに戻す。
「…やっぱりうぜぇよ、モヤシ」
睨みつけるとモヤシはムッとした顔をして、俺にすでに空になった菓子の袋を投げつけてきた。
「テメっ」
「うざいのはあなたですよ神田!
ルキさんが好きなんでしょう!?
それも誰にも触らせたくない位に!」
なのにラビと任務に行かせるなんて!僕には理解出来ません。本当にイライラさせられますよ、あなたには。
そう言って今度はモヤシが黙ってしまった。
「…テメェにはわかんねぇよ」
俺の気持ちなんてな。
ルキの気持ちが分からない俺のように。
あの時バカ兎に言われた事が心に刺さっていた。
もし俺じゃない男が先にルキに会っていたら、そう考えると何も出来なくなった。
ルキに対してよそよそしい態度しか取れず、兎と任務に行けとコムイに言い渡された時も、あいつは不安そうな顔で俺を見たのに、俺はそんなルキに何も言えなかった。
心が、苦しい。
何でこんなに苦しいのか。
「チッ」
…わかってんだよ、俺だってな。
一つ舌打ちし、気を落ち着ける為に目を閉じた。
次の日、俺とモヤシが任務から帰ってきてもルキと兎はまだ戻ってきていなかった。