カレーの神様

□カレーの神様 13皿目
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「あんなに女遊び激しかったのに、ここん所大人しいし、まさか本気とか?」

まるで挑発するように笑うラビ先輩にまた神田先輩は拳を振り上げるが、今度はそれを避けられた。

「そんなに大切?えみるちゃんの事。
そんなに好き?」

私が、大切?好き?
ラビ先輩の言葉にまた頭が混乱する。
しかし神田先輩はそれには答えず、部屋のドアを指差した。

「…出ていけ」

低く、押し殺した声。
だがラビ先輩は怯まない。そして強い瞳で神田先輩を見つめる。

「もう、『あの人』の事はいいんさ?」

その時、先輩の大きな背中が震えたように見えた。

「…黙れ。」

「でもユウ、」

「テメェには関係ねぇ。
…いいから出ていけ。」

また再びドアを指差し、神田先輩が強い口調で言うと、ふっとラビ先輩は笑ってドアへと向かった。

「えみるちゃん、またね〜」

バイバイとはだけた服をかきあわせている私に手を振って、ラビ先輩は帰って行った。

後には沈黙が残る。
私は神田先輩の背中を見つめている。
表情が見えない。どうしたらいいかもわからない。ただ、苦しかった。
表情の見えない神田先輩が、気にかかって仕方がない。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。私は…
思考が定まらない私に先輩の声が聞こえた。

「…何でラビがここにいたんだ」

静かな口調に身体が震える。
相変わらず背中しか見えない神田先輩の、押し殺した怒りが伝わってきたからだ。

「…玄関の鍵を」

「鍵?」

「締め忘れてて…」

私の言葉に視線がこちらへ向かってくる。

「このバカが!」

今までで見た事のないような神田先輩の怒り。
私はせっかく向いた視線を合わせられず、服を握り締めたまま俯く。

「俺がいない時はあれ程鍵かけとけって言っただろうが!」

激しいその叱責に身体が縮こまる。

「…ごめん、なさい」

小さな謝罪の声。俯く視線の先で先輩の腕が動いた。

叩かれる。

とっさにそう思った。
だが暗に反してその腕は私を抱きしめた。

「…このバカ」

さっきよりもトーンの落ちた優しい罵声。その響きに身体の力が抜ける。

ああ、私。
その腕にすがりつく。
私、もしかして、
ぎゅっとすがった手のひらを握る。
もしかして、神田先輩の事、
顔を上げ先輩を見つめる。
…好きなの?

「…何も、されてねぇだろうな」

私を苦しそうな瞳が捉える。その瞳に映る私が切なく潤む。

「…キス、された」

「!」

「あと、首筋に…」

そこまで言って少し身体を離し、さっきラビ先輩の唇が這った首に触れると、神田先輩は益々苦しそうな怒りを瞳に宿した。

「…っあの野郎」

動くその唇に視線が留まる。薄く形の良い先輩の唇。
首筋から指を離しその頬へ触れ、私は顔を寄せた。
軽く重なる唇。
あったかくて、柔らかい。

「…えみる」

驚いたような先輩の声が聞こえる。

好き、なんだ。私、神田先輩の事。

半ば無意識の自分のその行動に驚きながらも、そう心が訴えている。
先輩に触れた自分の唇に指を載せた。

…どうしよう。私、この人の事、好きだ。

いつの間にか育った自分の気持ち。
身体中が燃えるように熱くなる。

やだ、何これ。苦しい、苦しい、苦しいの。

この胸の苦しさに、助けを求めるように先輩を見上げると、その唇が私の名を形づくる。

えみる、

切なくなるような吐息と共に、囁かれた私の名。
自分の名前を呼ばれる事が、こんなに心地良いと感じたのは初めてだった。
そして今度は先輩の顔が傾いて、私はゆっくりと瞳を閉じた。
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