カレーの神様
□カレーの神様 17皿目
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…結局、私は怖いんだ。
神田先輩に好きな人がいたのを知る事。そしてまだ好きなのかを知る事を。
「ねぇ、えみる」
リナリーが私に新しいスコーンを渡しながら微笑む。
「神田のどこが好き?」
スコーンを思わず落としそうになった。
「す、す、す好き?」
「そう。教えてよ」
にっこりと紅茶を持って笑うリナリーに逆らえず、私はちょっと考えて口を開いた。
「うんと、まず優しい、ところかな」
「うん、それと?」
リナリーは私の言葉に相槌を打つ。
「料理も上手くて、いつも私のリクエスト聞いてくれて」
「うん」
「怒ると怖いけど、それだって私の為を思っての気がするし、何より一緒にいて気が滅入らなくて、いつも悲しい時とかそばにいてくれて…」
…嬉しいの、傍にいてくれる。背中をさすり抱きしめてくれる。そんな先輩が、好き。
言葉が止まる私の背中を、リナリーは軽く叩いた。
「なら何を悩む事があるのよ」
好きなら好きって言えばいいわ。
「…リナリー」
「えみるは確かに頭はいいけど、人を好きになるのに教科書なんてないのよ」
人を好きになる。それはお父さんも、お母さんも、そして誰も教えてくれない。
もしかして、教えてくれるのは神田先輩だけなのかな。
ふとそう考える。
「…ちゃんと言いなさいね」
リナリーが私に微笑みかけてきた。その時、玄関のチャイムが鳴る。
「来たようね」
「えっ、何?」
リナリーは私の腕を引っ張って、そのまま玄関先まで強引に連れてかれる。
「頑張って!」
「うきゃっ」
ドンっと背中を押された私と一緒に私のカバンも扉から放り出された。
「ひどいよリナリー!」
勢いよく転がった私が思わず非難するような声をあげると、後ろから力強い腕が私を立ち上がらせた。
見覚えのあるその腕に振り返ると、そこには不機嫌そうな神田先輩。
「神田、先、輩…」
「帰るぞ」
驚く私をよそに、落ちてる私のカバンを拾い上げ、ぐいぐいと腕を引っ張り歩き出した。
走って来たのだろうか、神田先輩には珍しく呼吸が荒い。
「ちょ、ちょっと待って」
私の制止の言葉もまるで無視して先輩は足早に歩き続ける。
掴まれた腕が痛い。
「待ってってば!」
思いっきり腕を振ってその手を外すと、やっと先輩は止まり私を振り返った。
「何だ」
「何だじゃないです。
何故先輩がいるんですか?」
「迎えにきたからだ」
だからそれはわかってるって!
「リナリーの家まで迎えに来てなんて私、言ってません!」
相変わらずのやり取りに声を荒げる。
「さっきリナリーから電話があった」
「は?」
…ひょっとして紅茶取りに行ってた時?うう、リナリーめ、余計な事を。
「そういうお前は何故俺を避ける?」
上から見下ろすように睨みつけられて体が萎縮する。
…ばれてる?
そっと上目遣いでちらりと先輩を見ると、ギリリとすごい目で睨みつけられた。
「…怒ってます?」
その様子に控えめに問いかけると、ぐっと眉間に寄る皺。
「ああ、そうだな」
その言葉と同時にまた腕を掴まれる。
「何故だ」
言え。
低い声が私を咎める。
何故?そんなの決まってる。
私は神田先輩が好きで、でも神田先輩は私の事どう思ってるかわかんなくて、もしかして同情とかしかなくて、おまけにまだ『あの人』が好きなのかもしれない。そう思ったら神田先輩に会うのが怖くなった。
「えみる」
黙り込んで俯く私に、さっきと違い、優しい声が振ってくる。
私の名前、それを呼ぶ声。
…ああ、やっぱり好きだ。
腕が離れて顎を掴まれて顔を上げさせられた。
神田先輩の切れ長の瞳と私の瞳が交差する。
少しだけ、険のあるその瞳。私を心地良くする声。優しい掌と、そしてあったかい、唇。
私の視界が潤む。
好き、この人が、
「…好き」
思わず口から零れた言葉に私は我に返った。
目の前では神田先輩が驚いたように目を見開く。
「わ、わ、私…」
ごめんなさい!
かーっと顔が熱くなり、恥ずかしくていたたまれなくて、私は神田先輩の手を振り払いその場から、…逃げた。