world is yours

□world is yours 12
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私は嬉しかった。

神田さんから言われた「一緒にいたい」と言う言葉。
向こうの世界で誰にも言われた事のないその言葉に、私がここにいる意味がある気がして、それがとても嬉しい。
猫から人に戻っても、私を私のまま優しく受け止めてくれた。
そばにいてもいいのだと思うだけで安堵して、笑んでしまう私がいた。
だけど少し困る事がある。
猫の時は気付かなかった事。

「おはようございます、神田さん。今から朝ごはんですか?」

朝食堂に行くと、神田さんに会った。
きりりと髪を上げて団服をキチンと着ている彼は今日もとても格好いい。

「…ああ」

青い瞳が私を見つめる。
不機嫌そうな表情だがそれが逆に彼が「クロ」だった事を思い起こさせる。私はそんな彼の近くに少しでもいたくて、一緒に食事を取ろうと勝手に神田さんのお蕎麦を取りに行く事にした。

だけど猫の時に気付かなかった事。
人の彼は背が高くて、とても精悍な顔をしている。
そう、本当に格好いいのだ。
そばにいると安心するのに、時々すごくどきどきしてしまって困る私がいる
神田さんが「クロ」だった時はその鼻にキスしたり抱っこしたり、私が猫だった時はその唇を舐めたり抱っこされたりしていたのに。
しかも私が男の人に自ら触れたりしていたなんて、と思い出すだけで恥ずかしい。

「ジェリーさん、天ぷら蕎麦2つ下さい」

カウンターでそう声をかけると、ジェリーさんがいそいそとこちらにやってくる。

「おはよ、アヤちゃん」

と、言う彼(彼女?)は今日も妙に迫力満点だ。その彼(彼女?)に私も挨拶を返せば、意味深な笑みを浮かべて私を見つめていた。

「一つは神田のかしら?
一緒に食べるの?」

「?、はい、そうですけど…」

質問の意図が分からず首を傾げる。

「それは珍しいわね。神田って結構一人でいるのを好むのに。」

うふふふ、と怪しげな笑いを向けられて戸惑う私に、後ろからまたかけられる声。

「あんな奴、好んでずっと一人でいればいいんです」

ジェリーさん、僕はいつものを。

「アレン」

その声に振り返れば、にっこりと笑ってそこにいる。
「いつもの」注文にジェリーさんははいはいと頷きながら厨房へと戻って行った。

「おはようございます、アヤ」

そう言ってまじまじと眺められる私の顔。

「…何ですか?」

近づくその距離に若干身体を引くと、少し苦笑してアレンは離れる。

「なかなか慣れてくれませんね」

「そういう訳じゃ…」

ただ私が猫の時より更に警戒が強くなっただけ。反射的に身構えてしまうのだ。

…「クロ」の神田さんは平気なのにな。

そうなのだ。
確かに困る位どきどきするが、不思議と近づきたくなる。触れたくなる。
それは私にとっては初めての感覚で、自分でもどうしたらいいのかわからない。

思わず俯いてしまった私を見て、アレンは躊躇うように口を開いた。

「アヤは僕の事、嫌いですか?」

「え?そんな事ないです」

その質問に顔を上げる。
以前付き合っていた彼だって、慣れるのに時間がかかったのを思い出す。

「時間が、あれば、多分…大丈夫、」

アレンは嫌いじゃない。むしろいい人だと思うし、とそう小さく口に出せばまたにっこりと笑いながら頷いてくれた。
その様子に何となくほっとしていると、カウンターに大量の食事が並び出す。

「…これ、全部アレンのですか?」

その量に驚いていると手慣れた様子でワゴンに乗せ始めた。

「ええ、僕は寄生型なのでたくさん食べないといけないんです」

どんどんと積まれていく食べ物に目を丸くしながらも、私もワゴンに乗せるのを手伝う。

「いやあ、ジェリーさんの作った食事が一番おいしいんですよ」

そう言って言い訳するみたいに照れ臭そうに笑うアレンが何だかかわいくて、私も思わず笑い返すと、また顔を凝視された。

「猫の時もかわいかったですが、やっぱり人間に戻った今の方が、何倍もかわいいですね」

「はい?」

「早く僕に慣れてくれると嬉しいです」

今度はにこっと人懐こい笑みを浮かべ差し出される手。
どうしたらいいかわからずに、アレンの顔とその手を交互に眺めてまた戸惑っていると、それを遮る大きな背中。
見上げればそこには安堵する、そしてどきどきとする神田さんの、横顔。
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